路地裏の映画中年
                      山崎 浩治

万年筆とサインペン

 改編期に放映される『世にも奇妙な物語』はつい見てしまう番組の一つだ。オチを予想するうち、1話また1話と止まらなくなってしまう。ドラマというより、クイズ番組を見る感覚に近いかもしれない。先日、放映された『秋の特別編』も好編ぞろいだった。とりわけ印象に残ったのが白石美帆、岡田義徳主演の最終話『48%の恋』である(脚本は元歌手の相沢友子。裏方だけでは勿体ない美人)。
 天使になるための試験に臨む見習い天使(岡田)に課せられた問題は、ある男女の仲を取り持つこと。もし試験に落ちたら人間に降格しなければならないが、今回の男女は結ばれて幸せになる確率99%で、試験問題として難易度は低いという。ところが見習い天使が下界に行くと、女は99%の男とは別の、幼馴染でアシスタントカメラマンの青年に恋をしていた。彼女と青年が結ばれて幸せになる確率は48%。見習い天使は自らの合格のため彼らの恋を邪魔するのだが━━。
『世にも奇妙な物語』の最終話はハッピーエンドであることが多いので、僕が予想したオチは次の2案だった。
@99%幸せを保証された未来よりも、本当に愛する人を選んだ女を応援した見習い天使は試験に不合格、人間をもう一度、やり直すことになる。男女が結ばれ、生まれてきた赤ん坊が見習い天使だった。
A見習い天使が試されていたのは99%の男女ではなく、48%の男女を結びつけることだった。例えば試験官である天使はこんなことを言う。『人間を幸せにするのが天使の仕事じゃない。恋をする男女を引き合わすのが天使なのだ』と。そして見習い天使は試験に合格、めでたく天使に昇進する。
 僕のこの予想はいずれもハズれた。予想が当たったのは5話中、阿倍サダヲ主演の『カウントダウン』のみ。もっとも予想がことごとく当たるようなオチの連続なら、最終話まで見てないんですけどね。
 そう言えば、行定勲監督『クローズド・ノート』にこんな意味のセリフがあった。
「大事なのはストーリー。人の心を動かすのって簡単なことじゃない。ストーリーを作り上げないまま、いきなりクライマックスを語っても誰の心も動かせない」
 発言者はヒロイン沢尻エリカがバイトする文房具店の娘・永作博美。万年筆がなかなか売れない沢尻に「何か売るコツは」と訊かれ、こう答えたのだ。つまり、一種の<セールストーク理論>であり、作者たちの<映画論>でもある。<高級な嗜好品>である万年筆が<映画>のメタファーとも受け取れる。物語はその後、店に現れた青年(伊勢谷友介)が万年筆を選ぶ際、<ストーリー>ではなく、<書き心地>にこだわる様子を描き出す。
 実は『クローズド・ノート』のオチはかなり早い時点で想像がつく。サプライズだけなら『世にも奇妙な物語』の良品の方が上だ。というのも原作小説では役名を使い分けるだけで成立したトリックが映画では実体を見せなければならず、映画の作者たちが苦肉の策として<ヒロインのお気に入りの映画スター>を登場させた時点で、多くの観客はこの作品のオチを見切ったはずだ。
 とはいえ、引っ越しした部屋に残された日記を読み進むうち、日記の世界とヒロインの世界が少しずつ接近していくストーリーテーリングは劇中のマンドリン教師風に言うなら実に「確り」しているし、行定監督ならではの何かしら切なくノスタルジックな映像、小学校の先生を爽やかに演じた竹内結子も好演で、<書き心地>ならぬ<見心地>も悪くない。かくして『クローズド・ノート』は<ストーリー>も<書き心地>も及第点の作品なのだが、僕ならこの<万年筆>は買わない。なぜか。
 日記の読者である沢尻は映画の観客と同じだ。日記(あるいは虚構)の世界に憧れるが、いつか現実に目覚めなければならない。やがて現実に直面した彼女は日記の書き手である竹内の思いを伝えるべく、メッセンジャーの役割を果たすのだけど、このあたりの過剰な誠実さというか、真面目さが僕にはいささか鼻についたのだ。特に結末のマンドリン演奏と大量の紙ヒコーキは興ざめ。ただし、沢尻エリカは竹内結子の引き立て役で、ずいぶん損な役回りだったけど、僕は善戦していたと思う(この人の安産体型は往年の薬師丸ひろ子を思わせる。そういや『1リットルの涙』の母娘だもんなあ)。
 さて『クローズド・ノート』の伊勢谷友介は万年筆の書き心地を確かめるため、<猫の絵>を描く。沢尻は<太陽の子>という文字だった。その意味で、徹底的に<無意味な文字や形象>を書いて見せたのが三木聡監督の『図鑑に載ってない虫』と言える。この人が演出した『時効警察』やシティボーイズの舞台(ビデオ)は時々見返すし、リストカットの傷でワサビをおろすギャグとか、片桐はいりやふせえりの怪演はそれなりに面白い。しかし、このテのコネタ映画は映画館よりもやはり、DVDとかWEBが相応しい。なんせ、万年筆買いに来た客にサインペン勧めるようなもんだからなあ。ま、もう何十年も万年筆なんて使ったことがない無粋な僕には正直、安っぽいサインペンの方が身近なのだけど。