満足できるかな
原達也
恋するマドリ
監督/大丸明子
新垣由衣 松田龍平
同居していた姉ができちゃった結婚をしたため、家賃が安い部屋に引っ越しを余儀なくされた美大生のユイ(新垣)。置き忘れた大切な椅子を取りに行ったことで、新しい住人(菊地凛子)と仲良くなるが、実は彼女、偶然にもユイの新しい部屋の元住人。そしてユイの部屋の上には偶然にもユイのバイトの上司(松田)が住み、松田と菊地は元恋人の間柄‥‥。いくら映画の約束事とはいえ、ここまで偶然が重なると、まさに奇跡的レベル(笑)。そうした松田を巡る三角関係が、後半には、恋愛に未熟なユイが恋愛のベテランのはずの年上カップルの修復を取り持つという流れへと変化してゆく。図体だけはデカくても(失礼)まだ大人の恋愛を演じるには早過ぎる新垣にあて書きしたような脚本だが、意外と天然ボケっぽい松田、脇に回ると存在感のある菊地、突如場違いな登場をする世良公則(久しぶりに映画で見た)など、周囲を固めるキャラが実に巧みに活かされているので、青臭い話ながら退屈はしない。F
M
監督/廣木隆一
美元
高良健吾
馳星周の中編小説の映画化。ヒロイン(美元)は、優しい夫と子供に恵まれていても、どこか満たされない思いで、携帯の出会い系サイトに書き込みをし、それが原因でヤクザ(廣木組常連の田口トモロヲが、さすがの好演)に売春を強要されるが、自分の内なるM性に目覚め、悦びを感じるようになる。夫(大森南朋)はそんな妻の行動に気づきながらも、最後まで知らんぷりを決め込む。その一方で、母に暴力を振るう父を殺した過去を持つ新聞配達の少年(高良)はネットで、それまで顔見知り程度でしかなかったヒロインのエロ画像に衝撃を受け、彼女を母親に見立てて救い出そうとする。出会い系サイト、欲求不満な人妻という下世話な要素に、80年代前後の日本映画でもよく見かけた直情型の少年のサイドストーリーを重ね合わせることで、倦怠感と純粋さが交錯し、多面的な奥行きを持たせることに成功した。ヒロイン役も少年役も全く無名の新人だが、それだけに少しも色に染まっていないピュアさが感じられて悪くない。G
めがね
監督/荻上直子
小林聡美
市川実日子
都会の喧騒から逃れ、携帯も通じない辺鄙な土地にあるホテルに宿を取った主人公(小林)。ホテルの主人(光石研)の客商売とも思えぬのんびりした応対、居着いている謎の女(もたいまさこ)の気味の悪さに、小林は宿を替えようと一旦引き払うのだが、他に泊まる場所もなく、結局すごすごと戻るはめに。ところが逗留している内に、手作りの美味しい料理に魅了され、ゆっくりあせらずの日常ペースが、主人公の頑なな心を次第に氷解させていく‥‥。『かもめ食堂』でヒットを放った撮影チームが再び結集しての新作だが、ほのぼの設定を、フィンランドから日本に置き換えると、どうしても綻びが目につく。前作は絵空事と承知しても、閑古鳥が鳴いていた店が満員になる経緯に映画的な流れが感じられたが、今回のホテルは最初から商売気を放棄していて話にならないし、やたらスローライフを説くのも、上からの目線を感じて鬱陶しい。達者なコメディエンヌぶりを垣間見せる市川以外は、小手先の器用さだけで凡庸。D
ダメな僕と日本映画とダメ男列伝
『逆噴射家族』の小林勝国(小林克也)
本作の封切りは84年。監督は自主映画出身で、『狂い咲きサンダーロード』(80)で名を上げた石井聰亙。そんな彼が畑違いのホームドラマに挑んだわけだが、描く対象が暴走族から家族に変わっても、その過激さは不変であった。
舞台は千葉県郊外にある住宅街。主人公の勝国は平凡な中間管理職のサラリーマンだが、お気楽な妻(倍賞美津子)、受験ノイローゼの浪人生の息子(有薗芳紀)、将来はアイドルと信じきっている娘(工藤夕貴)の家族バラバラな現状を改善すべく、一念発起してマイホームを購入する。家族関係もこれで修復かと思いきや、勝国の兄一家と折り合いが悪くなった勝国の父(植木等)が、事前に何の相談もなく家に居座り、最初はその奇天烈ぶりを面白がっていた妻や娘も、どうにかしてくれと勝国に要求。加えて、家に白アリが巣食っていたことで勝国の頭はとうとうショートしてしまい、仕事を放り出して白アリ駆除に乗り出し、父の部屋を地下に作るためリビングの軒下を掘って、水道管を破って家中が水浸しの状態へ。ここに至って、勝国の狂気は家族にも伝染し、家族同士で殺し合う修羅場と化す。
初見した時には随分と無茶な設定だと思ったものだが、その後アメリカでも夫と妻が家庭内で殺し合う『ローズ家の戦争』(89)なんて映画がヒットしたので、その点では流行の先端を走っていたのかも? プロの役者たちの怪演ぶり(植木等がレオタード越しとはいえ、当時13歳の工藤夕貴の股間をいじくるなんぞ、エグ過ぎる!)に混じって、勝国に扮する小林克也のハイテンション演技が見もので、出勤途中の満員電車のドアに押しつけられる苦しげな表情や、常に切羽詰まった状況で右往左往する「疲れきったお父さん」のありようは、悲哀を感じさせて出色の出来栄え。
小林克也と言えば、もともとは「日本でいちばん英語の上手いDJ」として知る人ぞ知る存在だったが、まだ無名だった伊武雅刀と組んだ過激コントユニット「スネークマン・ショウ」でのブレイクをきっかけに、音楽テレビ番組「ベストヒット・USA」の司会、自ら「ザ・ナンバーワンバンド」なるバンドを率いるなど、当時は八面六臂な「旬の人」だった。さらに日本映画界を変えると過大評価(笑)されていた気鋭の映画集団「ディレクターズ・カンパニー」(石井聰亙もその一員)が制作にあたり、子供向け漫画「おぼっちゃまくん」で人気が沸騰した小林よしのりが原案と脚本共作で参加し、題名自体も82年の日航機羽田沖墜落事故から取ったものなどなど、再見すると否応なく、時代を感じさせてやまないのであるが‥‥。
ラストシーン。新築のマイホームを取り壊して、更地に「青空マイホーム」を作り、憑き物が落ちたように楽しげに暮らす小林一家の姿には、バイオレンス派の監督らしからぬ「家族再生」への暖かい眼差しが感じられたものだ。しかし、この映画の設定まんまに、浪人生の兄がアイドル志願の妹を殺してバラバラに切断する惨劇が起こった今日からすると、この結末も虚しさが募るばかりか。嗚呼。