<あすなろ会の歴史>

昭和60年(1985)10月19日
 糖尿病予備軍の体験(教育)入院者が「本物の糖尿病患者として入院しないために」の発案から「糖尿病の勉強をしよう」と呼び掛け合って、発足準備会を開いたのが、始まりでした。


昭和61年(1986)3月22日

 
「明るい明日に向かって」を合言葉に「石川県立中央病院 糖尿病患者の会”あすなろ会”」が発足しました。中央病院:能登 院長はじめ、石川県保健所長会長:小林正氏など大勢の来賓にご出席いただきました。
 県内各地から、集まった仲間だから、「地域の輪」を大切にして、地区別でも行事が出来るように、との思いもあって、奥能登・中能登・金沢・加賀と四ブロックに別れて、「近くの人と話し合う会」初顔合わせを行い、明るい明日に向かって・・・・
 
準備委員で最も熱心だった小馬 大吉氏を会長に選出。会員数229名・役員15名で船出しました。


昭和61年6月21日 第一回 研修会

  
県リハビリ協会会長 山崎氏の「自分に克つ」講演に聞き入りました。
この第一回研修会が、現在も続いている各種行事の源となっています。

昭和61年10月19日 第一回 運動会
  
運動療法の一環として、だけでなく日頃あまり顔を逢わせることのない人達と一日遊ぶことを楽しみましょうと企画した。
 
計画中天気が気掛かりで、病院の隣にある総合看護学院の体育館を会場に・・・全員が参加して楽しむことを目的に独特の運動種目も、つくりました。
例えば、

1.「万歩・万歩」万歩計を腰に付けて走り、タイムではなく歩数の多さで順位を決める。
2.「ブリッジ」お皿に十数個入れた大豆(ビー玉の時もあった)を50cm離した隣のお皿に丸箸でつまんで移す競争  
  などなど・・

 フォークダンスもよくした覚えがあります。
  
平成10年度まで、13回(年)続けて実施しました。


昭和62年(1987)1月17日 新年会   
  

 病棟の看護婦さんも混じっての「福笑い」で、顎がはずれるくらいに笑い転げたり、現会長の藤井さんが考案された「あすなろカルタ」で遊びと勉強を同時にしています。

《一例》
 ・『あ』足の裏への刺激こそ、全身を健康にする

 ・『す』すくすく伸びよう「県中・あすなろ会」などユニークなものばかりです。




昭和62年6月7日 青空研修会【一里野温泉スキー場】

  
始めての屋外研修。草スキーや山菜採り、アスレチック、などみんな子供のように遊んだ。貸切りバスで往復、68名の参加があった。



昭和62年8月30日 海浜研修会【千里浜海岸】

 
 松林の木陰でテーマ別にグループ分けして、悩みを聞いてもらったり、うまくいったときの事を話してもらったりして、半日。午後は、羽咋の金田先生から「糖尿病と判断する要素」と題して講義を受け、有意義な一日を千里浜海岸で過ごした。





これが発足一年間の行事だった。少しずつ内容を変えて年間5〜6回の行事を行っています。

これ以外で今までに実施した行事は、
 
・調理実習を、3回。
 
・ヨーガの訓練(練習)4回。
 
・原子力発電所  見学1回(平成7年7月)。

 
・平成7年11月糖尿病週間中に、北陸病院「泉寿会」
 と合同研修会を開催

  
名古屋大学:佐藤祐造先生に来て戴いて「糖尿病の運動療法」と題して講演会を開いた。
 
・バーベキューとグラウンドゴルフは、3年前から海浜研修会の代わりにおこなっています。

 5周年記念事業は、金沢ニューグランドホテルで、お世話になった先生方と会員60名が、「昼食会」を実施。



  10周年記念行事は、金沢女性センターで、長年苦労をかけた先生方と会員で会発展に協力いただいた 方の感謝状と表彰状の「授与式」。楽しかった事や苦しかった事などいろいろと話に熱中して時間の経つのも忘れるひとときでした。









10周年記念行事以後は、役員に多少変更があり、新しい感覚の導入と実行体制充実のため、6〜8回/年の割合いで役員会を開き、年間行事・予算など会運営の「原案」作成・実施方法決定を行っています。会員のみなさんには、好評だったり、不評だったりでさらに次の行事に生かすように 努力しています。
今年の行事は、「活動予定リンク」をご覧下さい。



今回、15周年を迎えて「何をどうしよう?」との話し合いで「ホームページ作り」との話が浮上し、この「あすなろ会の歴史」を作成した次第です。