ほじょりん
いわはら しげあき


 きょうは青空、いい天気。タクマは二かいだてのアパートのまえでひとりじてんしゃにのった。ほかの子どもも大人もいない。ごろごろほじょりんをならしながら、外にいく。ちゅうしゃじょうをごろごろ、ごろごろ。土よう日で小学校はおやすみだ。アパートのよこの中原小学校のかだんのまえをごろごろ、コスモスがゆれた。またごろごろ。ノラねこのノボルがしましまのからだを低くしてみている。
「タクマ、外はあぶないぞ」アパートからパパがでてきた。きょうはパパもしごとがおやすみ。県庁まえのどうろまでいけばあぶないが、このちゅうしゃじょうにはパパのクルマしかみえない。
「ほじょりんとるか?」いきなりパパがいった。「うん、とって!」うれしかった。アパートで、じてんしゃにのる子でまだほじょりんつけてるのはタクマだけだ。男の子はもちろん女の子だってもうつけていない。ほじょりんをつけているとおくれる。きのうはめいめいが子ども用のバケツやタモをもってざりがにをとりにいった。小学校のうらにあるコンクリートのすいろだ。ザリガニがいるはずだ。タクマが「まってー」といって、やっとついたらもうざりがにを女の子のバケツにいれたあとだった。
「なんでまってくれんのー」
「たっくん、おそいからや、ハハ」
「バカ」
「バカはおまえだ」
 くやしい。ほじょりんをとったらみんなに「まってー」といわなくてすむ。むねがどきどきはずんできた。

 パパがクルマからナットをはずすどうぐを出してきた。ほじょりんのナットをまわすとすぐにとれた。とるのはかんたんだった。これでもうひとりでのれる。
 タクマはさっそくりょう手でハンドルをつかんで、じてんしゃをまたいだ。
「ちょっとまて、後ろを押さえるから」とパパがいったが
「ひとりでだいじょうぶ」じてんしゃにまたいだまま、ギュとひざを伸ばしてペダルをこいだ。ハンドルがふらつく。
ガシャン!いきなりたおれた。
ズキン!ひざがいたい。
 なみだがいっぱいでてきた。なみだが出るともっといたくなった。
 もういちど、大ごえをあげて泣くと
「なんだ、、パパのいうことをきかんからや。もういちどやってみろ」
 さっきパパは「後ろを押さえる」といったのだ。グッとなみだをこらえた。

  「じゃあ、まず後ろをおさえるから、のってみろ」パパがまたいった。
「タクマ、片足をペダルにのせて、もう片足でじめんをける」タクマはおそるおそる足をのせた。
「たっくん、ちからいっぱいこぐのよう」ママもアパートからでてきて、大きなこえでさけんだ。
 みぎあしをペダルにのせてから後ろをふりかえった。パパがサドルの後ろをしっかり押さえている。いっしょうけんめいこいでみた。まえにうごく。かだんがみえなくなった。ノボルがひょいとたちどまってすぐにげた。雲がながれている。かぜがひゅーとなった。ハンドルが右に左にうごいたがこんどはたおれなかった。
「ママー、みてみて」「まー、すごい」うしろからママのこえがきこえた。

「やったあ!」といって目をパチパチしたら、青い空にメロンパンがみえた。白いきじにこうしじまのもようがついてぽかりぽかり浮いている。どこからかおいしそうなパンのにおいがしてきた。
「あっ、おいしそう、ほじょりんとれたごほうびだ。メロンパンほしい」パンのあとをおいかけた。じてんしゃははやい。またひゅーとかぜのおとがしておちばがとんできた。あわてて目をつむった。まぶたのうしろで赤や黄色のおちばがパッとまい上がった。タクマはおちばといっしょに風にのって跳んだ。
 ハンドルが風を切る。四かいだての小学校のよこのはずだ。その先にはざりがにがいるすいろが先のほうまで続いている。田んぼの間に高いビルがたっている。そのみちはいつもはパパのクルマでいく。そこを今はひとりでいこう、と思っていた。
 とつぜんハンドルがガタガタゆれた。ガチャンと音がして、何もかも見えなくなった。ノボルがとつぜん目のまえにあらわれた。かおが広がって、ぐにゃぐにゃになって、しましまのしっぽをふっている。
 ちょっと目を開けたがまだ回っている。うしろをふりかえる。しばらくしてやっとまわりが見え出した。パパがいない。みるとじてんしゃから手をはなして、アパートのよこでママと話している。ようく大きく目を開けて前をみた。メロンパンはただの雲になっていた。じてんしゃはちゅうしゃじょうのえん石にあたってよこになっていた。
 足がいたかったが、こんどはなかなかった。耳にはひゅーというかぜのおとがのこっている。パパが「いいぞー」とさけんでいる。
 ひとりでのれたんだ!
 これからは、ざりがにとりのすいろにはみんなといっしょにいける。そのむこうの大きな川だって、海にだってじてんしゃでいける!
「おひるごはんにしましょ」ママがアパートのいりぐちからおおごえでいった。
「ああ、うごいてはらがへっただろう」とパパがタクマのほうをむいていった。  ほんとうにおなかがすいてきた。
「ニャー」いつものノボルがからだをくねらしてすりよってきた。