12色のメロディー |
黄色い花束 |
生田 きよみ |
ドンちゃんがいない散歩はつまらない。きっとタローもそう思ってる。 だってタローはドンちゃんが拾ってきた芝犬だもの。タローはシュンの そばを行儀よく歩く。時々立ち止まっては、心配そうにシュンの顔を見 上げる。黒豆のようなふたつの目はなにかいいたそうだ。 「ねえ、シュンくん、ドンちゃんはどうしたの? どこへいっちゃたの? ぼく、もう、一週間もドンちゃんの顔見てないんだけど。夕方の散歩は さあ、やっぱ、ドンちゃんとシュンくん、三人で行きたいな」 シュンもそう思う。ドンちゃんがいっしょだとぜんぜんちがう。タロー はわきみちにそれたり、草むらに体をこすりつけたり、とびはねたり。 引き綱をぎゅっとにぎってないと、もう大変だ。 シュンだってうれしい。学校で、ヤッくんに頭をゴンてたたかれたっ て、ドンちゃんとタローの散歩にくると、忘れちゃう。明日はヤッくん に勝てそうな気がしてくる。 ドンちゃんは小学三年生。シュンはドンちゃんの弟で一年生。たった 二つしかちがわないのに、すごく大きいおねえちゃんのような気がする。 おねえちゃんの名前は土居静香っていう。だけど、両親のほかは、だれ もしずかなんて呼ばない。小さい時から、ドンちゃんだ。おねえちゃん を見れば、しずかでなく、ドンちゃんがぴったしだって納得する。 はと胸でがっしりした体。血色のいい丸顔にくるくる動くまんまるい目。 ドンちゃんのわらい声をきいたら、シュンは元気になる。いつだって活発 で楽しそうだ。 シュンは人参と魚がきらい。ドンちゃんはシュンの残りをぜんぶ食べて くれる。 「だめだなあ、シュンは。だからかぜばっか、ひくんだよ」っていいながら。 ドンちゃんは学校でも人気者。友達がいっぱいいる。 「あ、ドンちゃんの弟だ。かわいいねえ」 シュンを見つけると、よってくる。校庭で、ヤッくんにおいまわされてい ると、ドンちゃんを連れてくる。 「こらっ、よわいものいじめするな!」 ヤッくんはタタッーってにげていく。 そのドンちゃんが入院してしまった。坂道で自転車に乗っていてころんだ んだ。ただのねんざだったらよかったのに。病院の検査で、軟骨腫っていう 大変な病気だってことがわかった。長く入院しなければいけないらしい。 シュンはタローを連れてしょぼしょぼ歩く。ヤッくんにいじめられも、 もうドンちゃんに助けてもらえない。そんなことより、もっともっとドン ちゃんのことが心配だった。いつまで病院にいたらよくなるんだろう。な にかのまちがいだといいのに……。 シュンは今日もそんなことばかり考えながら歩く。と、シュンの目に黄色 がとびこんできた。あたり一面の黄色。足元からずっと広がっている。 「タンポポ!」 やわらかいみどりの葉っぱのあいだから、すくっ、すくっと茎がのび、 黄色い花をつけている。 半月ほど前、ドンちゃんとタローの散歩できた空き地だ。シュンはあの 日のことをぱっと思い出した。 「シュン、これ、タンポポの葉っぱだよ。いっせいに咲いたらきれいだろうな。 タンポポの花畑だ。わたしね、花の中でタンポポがいちばーんすき。タンポポ って、小さくてめだたないけど、いいなあ。まっすぐ空をむいて元気いっぱい に咲いてさあ。すこしくらいふんずけたって、ちゃんと花をつけるんだよ」 ドンちゃんはタローのつなをはなす。タローは広い空き地をかけまわる。 ドンちゃんは、めちゃくちゃな歌を歌いながらタローのあとをおいかける。 「シュンもおいで」 シュンはあわててドンちゃんをおいかける。 [花が咲いたらまたこようね」 シュンが息をきらせていうと、とつぜんドンちゃんは地面にねころんだ。 ごろごろごろごろころがる。 「ああ、いいにおい。土と葉っぱのいいにおい。タンポポ、タンポポはやく咲け」 ドンちゃんはすごくうれしそうだった。 (病院へ行こう。ドンちゃんにいっぱいのタンポポをとどけるんだ) 一面の黄色のなか、シュンはせっせと花をつむ。 |