■その天より承(う)くるもの
 2
 
 残された一族は岱ひとり。
 そう遺言した馬超の死後、奇しくも彼が蜀であらたに娶った女性に子が生まれた。
 先に娘が生まれていたが、家を嗣がせる事は叶わぬ。だからこその遺言ではあったのだろうが、しかしかのひとの死から程なくして、その女性は今ひとりの子を身篭っている事が判明した。
 生まれたのは男子だった。父を識らぬ子。父もまた、その存在を識らなかった子。
 一族の後見として残された彼が、その子の父代りとなる事に何の不自然もなかった。ただ、父というよりは、生前かのひとの側に存ったが如く、主(あるじ)に仕える様な位置にあるのは否めないが。
 かの馬超の子。蜀漢という国にあって、その事実はその幼子の立場を保障するものともなった。帝となった劉玄徳は死したる馬超に「威公」と諡(おくりな)し、その子に位を引き継がせる事を確約した。
 けれど、その劉備も、最早おらぬ。かのひとの死と同じ年、劉備は義弟である関羽と張飛を殺された遺恨から呉へ向けて軍を発し、大敗を喫した。その痛手より立ち直れぬまま、翌年に逝去している。
 自分は何故ここにいるのであろうかと、空を仰ぎ、彼は思う。最早、彼を縛るものとてない。西へ戻ろうと思えば、戻れるのではないだろうかと、そう思わぬでもない。
 けれど、戻る理由も、既にない。かのひとはもはやおらぬ。そして、遺された子と、遺された言葉だけが、彼の前にある。
 探せ、と。
 何を探せと、かのひとは己に告げたのだろう。虚空(そら)の碧(あお)さの果てに、かのひとはその最期に何を見たというのだろう。ただ茫然と時は過ぎ行き、彼は未だ、蜀の地にあって虚空(そら)を仰ぐばかりだ。
「馬岱どの、」
 その彼を、唐突に背後から呼ぶ声があった。
「丞相…」
 振向いた先には、この蜀漢の、今の帝を支える柱、丞相と任じられた諸葛亮の姿が存る。否、今の帝は暗愚にて、その国が立ちゆく為に真に必要なのは寧ろ丞相よと、この蜀漢の全てをその双肩に負った男がそこにいる。
 伏龍とまでその才を讃えられた男は、しかし酷く疲れているようにも見えた。
「承どのは、大きくなられましたな」
 蜀漢の丞相は、そう云いながら穏やかに微笑した。
 「承」というその名を、病に斃れたかの人の代わりに撰んだのは、この諸葛亮であった。彼は頷き、同じく微笑を浮かべ、応える。
「今年で、十一になられた」
「十一…」
 もう威公(馬超)が亡くなられて、それほどになりますか。そう、その男は呟く。
「かの方があればと、丞相は、やはり思われるか」
 彼はそう尋ねた。皮肉のつもりはなく、蜀にひとりの将として留まった身の、偽らざる心境といえばそうだろう。来年、この丞相が魏と事を構えるべく軍を発する事は既にして決まっていた。その準備は、着々と整えられている。
 目指すは、五丈原。その地で魏の司馬懿と対峙する事になるだろうと、この諸葛亮という男は見ている。ならばその大戦に、かの馬超あらばと思うのは必定。かの馬超の武威あらば、戦局もまた変わろうものをと。
 けれど、諸葛亮は首を横に振った。
「威公…いえ、西涼の錦馬超が今生きてあるならば、かの方は既に蜀を離れていたのではないかと、そう思うばかり」
 その言葉に、彼は眉を顰めた。
「異な事を仰せだ」
 我等が背くと思うておられたか、と彼は問い、諸葛亮は首を横に振る。
「いいえ。そうではありません。ただ、」
 先帝の崩御と共に、かの方は蜀の将としての軛を棄て、己が生きる天地へ奔ったのではないかと、そんな気がしてならぬのですよとその男は寂しげに苦笑する。
「貴方がたを恩知らずと謗るつもりはないのです。ただ、」
 ある意味、それが相応しい方であった気がすると。そう続けられた言葉に、彼は応える術はない。かの馬超という男は既に亡く、遺された己は蜀漢の臣として存る。恐らくは、その遺児もそうなるであろう。
 馬氏は滅びずにある。けれど西涼へ戻る事に、既にして彼は意味を見出せなかった。かのひとのおらぬ上でそこに戻って何になると。
 だがそれは、逆に考えれば、かのひとが存れば、先帝の崩御と共に、彼等馬氏の一門は西涼へと戻ったかもしれぬという事にもなるか。幾分遅まきながら、そう思う彼の中に苦い嗤いが沸き起こった。かのひとの生前、未だ漢帝国の益州牧であった先帝によって平西将軍の位を与えられた折、彼はかのひとに告げた筈だった。先帝には恩があるが、その跡継にまで仕える義理はなかろうと。
 そう告げた己が未だ、その跡継に仕えている辺りがなんとも滑稽だとも思えるが。
「かの錦馬超は臣従したのではないと、先帝は仰せでした」
 唐突に諸葛亮はそう呟き、ぎくりとして彼はその男を見る。常に諸葛亮という男が手にしている白い羽扇がその言葉を吐いた男の唇許を隠し、彼が見る事が出来たのは、ただ僅かに伏せられた目元のみであった。
 諸葛亮は、続ける。
「形の上では臣下。しかし西涼の一団は未だ止まぬ雨を避ける為にこの蜀漢の庇(ひさし)の中に宿ったばかりの心持ちで、恐らくは存る程度時流が落着いたならば、やはり蜀には留まらず西の果てへ馬を駆って戻ることであろうと、そう」
 その丞相の眼がゆっくりと彼に向けられた。そこに表情を読み取るよすがとなるいかな色彩も顕れてはいない。
「なるほど、と思いました。あるいは、そうやもしれぬ」
 しかしそれでも、かの威公(馬超)の名前は西方の地にあって、それ自体がひとつの伝説めいたおおきな力。それがこの国にある限り、実はどうあれ我等には僥倖、そう思えたのです。そう、その男は彼にひたと視線を向けたまま、続ける。
「利用したと、そういうことですかな」
 今更の問を、彼は投げた。そんな事は、劉玄徳という男に身を寄せた時から判りきっていた事では存った。自分にとっても、そして亡きかのひとにとっても、自明だった。曹操と、馬超ひきいる漢中の軍との衝突を己の西征の為に最大限に利用し、また馬超の存在を取り込むことで入蜀へ途を容易いものとしたと、誰が見ても、判る。
 諸葛亮は応えなかった。
「わたしは、」
 応えの代わりに、冷たい声が風の中に響く。何時聞いても、何気なく爪弾かれる弦の顫えのような声であると、そう、その男の声は彼の耳に響く。
 しかしその弦の声は思いがけぬことを、いった。
「寧ろ、いま威公がおらぬことを安堵しているのかもしれません」
 遺されたのが貴方であることは、先帝はともかく私にとってはよいことであったと。
 その諸葛亮の声に、彼は暫し絶句し、そして酷く皮肉な笑みをその頬に乗せた。普段の人あたりのよい彼からは想像もできぬほど、毒を孕んだ笑みだった。
「我が主ならともかく、俺なら御しやすいと、そういう事ですかな」
「結論まで到達してしまえば、そういう事でしょうな」
 諸葛亮はたじろぐ事もなく、あっさりそう応えた。逆にその素っ気無さに毒気を抜かれた態で、彼は口をつぐむ。
「承奕(馬岱)どのは、今も威公を…錦馬超を『わが主』と呼ばれる」
 諸葛亮の目元が笑んだ。はっとして彼は唇許を押える。蜀に入ってからは、心の中でそう繰り返しても、外には聞こえぬ様、己に封じた言葉の筈であった。
 我が主…彼が心底そう呼ぶのは馬超のみだった。彼がこの世を去っても、それは変わらぬ。ただ馬超が形の上だけでも蜀漢の皇帝に臣従すればこそ、それは人前で口に上らせる事のできぬ言葉ではあったが。
 だが、諸葛亮はそれを責めはしなかった。
「己をそう呼ぶ臣を持つ存在を、この蜀漢に抱える事は、我が器に余る事でしたから」
 だから今、威公がおらぬことを、もしや私は喜んでいるのかもしれぬ。そう語る男を彼は無言で眺めていた。その男は続ける。
「先帝は、崩御に際して御子である今の帝に器なきと思えば、この私に取って代われと、そう遺された。けれど私がそれに従える筈もない」
 私はそれが出来ぬ器だった。私は嗣ぐ事はできても、何かを興す器ではなかった。
 そう呟く男の声に、やはり抑揚はない。どこかしら風の中で、それは諦観すら響かせ、虚しく消える。
「先帝は、興す器だった。その理想をもって人を従え、人を集める器だった」
 先帝は、寧ろ威公の様な存在を、喜ぶ性質ではあられた。己を超える力量の主が己の下にある、その事が己の器を示すものと思われる御方ではあられた。己の下にあるものの耀きを一身に束ね、そして集めて己の耀きとして顕す方ではあった。だからその耀きに人は惹かれ、集まる耀きに更に己の耀きを重ねて、先の帝は人の上で大きな光となれた。
「劉玄徳とは、そういう御方ではあられた」
 けれど私は違う、私もまたその耀きに惹かれたひとつの欠片に過ぎぬ。そう、諸葛亮は呟く。
「私は、理想というその光をこの地上に顕す時、いかにしてそれを光ならぬひとつの形として皆に見せるか、その才をしか持たぬ者」
「丞相、」
「私は興すものではない」
 興された理想というものを皆にいかに魅力的なものとして見せ、その光自体を力として揮うか、その裁量を任されたに過ぎぬ。
 彼はその声を、無言で聞いている。諸葛亮は、ゆっくりと羽扇を降ろし、天を仰いだ。
「劉玄徳という方に会った時、私はそれを識り、そして己の理想をその方に預けた。その方に賭けるというより、寧ろ預け、それ故に才を揮う事が叶った。己の方略が誤っては居らぬか、背後の劉玄徳という御方を振向き、それに照らし合せる事が叶ったが故に、」
 私の揮う裁量は、その方のものであり、それを失えば己の途をも失う。預けるということはそういう事だとその男はいう。
「それが、己の夢を誰かに賭けるという事をする人間とは違うものなのだと識ったのは、恐らくは赤壁で曹操を退けるべく、呉に拠った時でしょうか」
 己の主を一旦は失いながら、けれど己自身の夢を興そうと動く人間がいることを識り、そこに己との差異を見た。そう語る諸葛亮は、かつて過ぎ去った時を夢見るような眼を、晴れ渡った虚空に向けている。
「羨みましたか?」
 己もかくあろうとは、思いませんでしたか。そう、彼は問い、諸葛亮は微かに嗤う。
「いえ、その男を見て、己の進む途を見付けたと、そう思ったばかり」
 己の才の在り方を識ったのみ。その意味で、あの会逅は私にとって有益なものでした。
 周公瑾、とそのかつて共に曹操と闘った男の名を、諸葛亮はぽつりと呟く。
「私は彼の男の様にはなれぬ己を識り、かような男を臣とできる者こそ人の上に立つものだと改めて思いました。私は、そうはなれぬと、そればかりを」
 そして今こそ、改めてその差異を感じるばかり。周公瑾という男が私の立場なれば、威公を同盟者として認め、己の主君の許に己と共に存る事を喜んだことでしょうから。
「丞相、しかし貴方は既に、この蜀漢になくてはならぬ存在だ」
 あなたがなくては、蜀漢は既に立ちゆかぬ。既にしてあなたは、人の上に立つ、いわば先帝と同じ立場に近かろう。
 そう告げる彼に、諸葛亮は首を横に振った。
「私は今も、私の裡にある劉玄徳という偶像を追い、己がその理想のかたちに擬えて立てた策を展開するのみ」
 しかし先帝は既に亡く、偶像は一つ所に動かぬ。それを己が視点で解釈するのみが能の自分は、徐々に頑なになってゆく。その男はそう呟く。
「己の解釈から外れた何かを、その劉玄徳という男の夢の上に興そうとする者を許せぬほどに固陋になってゆく」
 それを糺そうにも、既にして己の途を照すべき方はおらぬ。己はその遺された像を守る事しかできぬ。それが国の意識の硬直を生む。
 可恐しい言葉を紡ぐ、その蜀漢を双肩に担う男に、彼は無言でいたましげな眼を向けていた。
「それは、論語という書物を通して孔子という偉大な人間そのものを理解しようとするのではなく、論語という遺された書物の字句のみを解釈しようとする、儒者の愚行にもひとしい…」
「それが判るなら、何故」
 敢えてその、己で愚行と断じる途を進まれる。そう、彼は尋ねる。諸葛亮は自嘲の笑みを羽扇の影に隠した。
「己を変えるには、私は既に歳をとりすぎた」
 そこで言葉を区切り、蜀漢の丞相は羽扇を降ろし、そこに既に自嘲の笑みも、その他の一片の表情もない。
 仮面のような無表情のまま、抑揚のない声が、空気を弾いた。

「我亡きあとは、魏文長を討ちなさい」

 彼はその言葉に絶句する。
 魏文長。魏延という、荊州時代からの劉備の臣下であり、またその男はことあるごとに丞相である諸葛亮と反目を重ねていた。蜀漢に対する忠義、否、亡き先帝に対する忠義心は並ぶものなけれど、何故かその最初より、諸葛亮とだけは折り合いが悪かったと聞いている。
 彼は否とも応とも応えず、諸葛亮は続ける。
「魏文長は気付いておろう。我が意志がいかなるものであるか。丞相としての我が限界を。何故なら、」
 かの男もまた、劉玄徳という男の上に夢を興そうとした、すなわち私とは違う角度、違う解釈で劉玄徳という男の理想を読み解き、顕そうとする者であるから。
 その言葉は、諸葛亮が魏延という男を、己に勝るものと断じたに他成らぬ。それを討てというその言葉のつめたさに、彼はただ、問うた。
「何故それを、某(それがし)に謂(い)われる」
 余人ではなく、威公(馬超)を「我が君」と呼ぶ某(それがし)に。
 その問いに、蜀漢の丞相は、厳しいとすら言える声音で応える。
「だからこそ、ですよ」
 貴方もまた、私と同じ。私が先帝の偶像を守ろうとする様に、貴方もまた、己の中にある錦馬超という存在に全てを預け、そして謐かにそれを守る事を望むから。
「貴方自身が西涼馬氏を嗣ぐことなく、ただそれを守る立場を選んだ存在であるからですよ」
「丞相…」
 彼は己の顔が、苦痛に耐える様に歪むのを感じた。
「そして貴方は、それゆえに蜀漢という国に、既にして執着はない。馬超という人間を亡くした時、既にしてこの現世にすら執着を失ったと言えるかもしれぬ」
 けれど貴方は守らねばならぬものがある。その守らねばならぬものが蜀漢の許にあるが故に、それを乱すものを討てという我が言葉に背く事はない。
「寧ろ、淡々とそれを熟(こな)し、思い煩う事はない。違いますか、馬岱どの」
 息をころしてその言葉を聞いていた彼は、ややあって、溜めていた息を吐きだした。
 それは、事実だ。己は既に、この蜀漢にありながら、蜀漢という国には何の執着もない。ただそこに存るが故に、その国において与えられた己が役目を果たす、それのみだ。
 だが、しかし。
 今、諸葛亮が吐いた言葉は紛れもない事実だ。しかし、事実だからこそ、この諸葛亮の言葉に従えば、国は乱れぬだろう。守れるであろう。けれど堅固に守れば守るほどに、その内は硬直し、恐らくは外からの一撃で瓦壊する。
 その未来が、見える気がした。そして同時に、彼は、その見える未来に対し、一抹の寂寥こそ感じるものの、さしたる悲痛を感じぬ己に気付いている。その昔、都で馬氏一族を滅ぼされた折の激情も、また十年前にかのひとを失った折の断腸の苦しみも、感じぬ。寧ろ己が託された「魏延を討て」という命を果たし、それで起こり得る波風を防ぐ事ができれば重畳としか思えぬ。それでこの国が、今暫しの延命を果たせぬならば。
 何故ならば、この諸葛亮という男の言が事実なら、先帝である劉玄徳が崩御した折、その意志を享けるものが諸葛亮本人であった時、既にしてこの国は滅びへの途を辿り始めている―――己はその途上にたまさか居合せた、それだけだとしか思えぬ。
「丞相の、丞という文字は、」
 視線を足許に降ろし、諸葛亮は呟いた。
「手を高所より下に差し伸べ、そこにあるものをすくい上げる形です。私は、既にして己のうちにしかない理想の許へ、側にあるものをすくい上げる事のみしかできぬ」
 けれど、とその男は彼を振向き、そして唇許を綻ばせた。
「威公の御子息に差上げた『承』の字は、天へと手を掲げ、その意志を享くる形象(かたち)。そこに己の途を探そうと伸びるひとのかたちです」
 あのように、と羽扇の先に示す方を、彼は見た。
 そこに、ひとりの子供がいる。それを見て、彼は息を呑んだ。
 かつて『かのひと』がそうしていた様に、空を見上げて手を伸ばす幼い姿が、そこにある。そのひとが望んだ、乾いた西涼の空ではない、湿潤にして霞む蜀の空。けれどひとしく光溢れるものに、手を伸ばす姿がそこにある。
「騎馬の民にとって、天とは我等中華の民とおなじく大切なもの。しかし、その意味は僅かに違うと聞きました」
 騎馬の民の王である単于(ぜんう)とは、正しくは天孤塗単于(tengri qut tenyu)…天地の狭間に立ち、日月あるところにその光を享けて、それを具象化したものとして立つ者。そう、彼は続け、羽扇を降ろす。
「けれど、そう存る存在を、」
 貴方は疎む。そう謂われたではないか。
 その彼の言葉に、諸葛亮は微かに笑い声を立てる。
「今、眼の前にある威公の御子息がそうあったとして、」
 それが生い立たれる頃には私は既に、おりますまい。
 そう言い置いた諸葛亮に背を向け、彼はゆっくりとした足取りで、虚空を望む少年へと近付いていった。
 

「若、」
 かつてかのひとを呼んだが如くに、彼は少年へ呼び掛ける。
 天を仰いでいた少年は、その未だ細い両手を降ろし、彼を振向いた。
「岱、」
 少年はやはり、親代わりでもある彼を、かつてかのひとがそう呼んだが如くに呼ぶ。幼い声で…かつて己も幼かった頃、かのひとが己を呼んだ声と酷似した、澄み乾いて吹き渡る、西の果ての風の様な声で。
「お孤(ひと)りで、何を掴もうとなさっておられたのですか?」
 皆はどうしました。若はお孤(ひと)りが好きですか?
 尋ねる彼に、少年はきょとんとした顔を向け、そして応える。
「岱がいつも、ひとりで上を見ているから」
 岱が見ているものが何なのか、掴めるかと思っただけだ。
 少年の声に、彼は眼を見開き、そして少年の傍らに屈み込むと、その眼を覗き込む様にして尋ねた。老いた己の前に、かつて見た面差しがある。己が空を見る度に思い起こした、その姿がある。
 けれど、かのひとではない。かのひとは、既にしておらぬ。だが同じ様に、天を乞う姿が眼の前にある。
「いつか俺は、岱より高いところへ届くほど、おおきくなるんだ」
 少年は屈託のない笑みを浮かべる。それに手を差し伸べ、未だ細い肩に腕を回し、彼はその躰を抱き留めた。
「若は、そして、その高い空に何を見ますか?」
 何が、ありましたか?
 尋ねる声に、しかし少年は応えなかった。狼狽えた様に身動ぎ、そして彼の顔を覗き込む。
「どうした、岱。何を泣く?」
 泣き虫だな、岱は。泣き虫は笑われるんだぞ?
 自分の頬を挟むように手を触れた少年に、彼は涙を留められぬままに笑い掛け、そしてその躰を腕に抱き上げ、立ち上がった。
 彼がその様な振る舞いに出る事は少ない。だからこそ、少年は驚いた様に彼にしがみつき、けれど、彼の腕が己を取り落とさぬ程に勁いと識ると、にこりと笑って、彼の肩から手を放した。
 伸ばされた手の先に、碧(あお)い空が見える。開かれた指の隙間から、光が、零れてくる。

『俺の求めた天はここにもあった。失われていた訳では、ない』

 その言葉を思い起こす彼の視界が滲み、光が眼の奥に散乱する。
 探せ、岱。
 その言葉が耳朶奥に甦る。
 かのひとは、何を探せと、その最期に自分に教えたのか―――

 眼の前にあるのは、西涼の乾いて高い空ではなく、けれど高く高い碧はそこに、確かにある。姿を変えて、けれど懐かしいその地に続く天は、変わらずそこに存り続けている。それを望むものが存る限り、消える事はない。

 たとえ「蜀漢」という国が、地上より失せてしまったとしても。承(う)くるものあるかぎり、光はそこに降りてくる。

『探せ、岱』
 おれは勝ってもいない。だが敗けた訳でもない。

 そう呟いた人は、最期にどんな碧を見たのか。どんな虚空(そら)を見ていたのか。
 何を、遺したのか。

「若、」
 彼は、無心に虚空へ手を差し伸べる子供を見上げる。
「届いたぞ、岱」
 空と手が、重なって見える。そう無邪気に告げる少年に、彼は云った。
「いつか、岱が抱かずとも、若が空に手を届かせる事が出来る様になったら、」
 馬を駆って、若が生まれる前に亡くなった父君が望んだ虚空(そら)を、掴みにゆきましょうか。
 その言葉に、少年は手を降ろし、頷いて見せる。
「やくそくだぞ、岱!俺は、はやく大きくなるからな!」
 すぐにお前を追い越すぞ。そう告げる少年を、彼はそっと地面へと降ろし、ひとり空を仰ぐ。
 

 自分の空はそこにはなく、けれど天は確かにそこにある。光溢れる中、自分は再び影となり、ただそこに存るだろう。そこに存る自分を、受容(うけい)れるだろう。
『探せ――――岱』
 そこにいろ、という声が響き、失われたものへの思いを吹き攫う様に、秋の風が行き過ぎる。
 湿度の高い筈の蜀の風は、しかし確かにその刹那、乾いた西の、草と砂の匂いを運んで来た様な、そんな気がして、彼は駆けて行く少年の後ろ姿を眼で追った。
 かつて行き過ぎた光を、そこに今いちど、見詰めながら。
 

了。


西涼の話のつもりが、気付けば蜀話!うわ!蜀だよオイ!どうするよ!なんでだよ!
しかも後半の諸葛亮。どうしたのにしいさんとツッコミ入れたくなりそうですが、でもまあ、諸葛亮センセのファンからは顰蹙を買いそうな。スミマセン。私の中の諸葛亮先生はこういうイメージです。天才ではなく秀才のイメージです。しかもやや努力型気味というか。
作中で言及しているように、思想や理想は、それが偉大であればあるほど、世の中に流布し定着するにはダイナミズムという毒っ気を抜かれてしまう必要があるという思いがあるのです。孔子にせよ仏陀にせよキリストにせよ、それが「教義」となった段階で全くもってその初期思想のダイナミズムが引っこ抜かれているような。まあ必要な手順ではあるし、それを成す弟子の皆さんの苦労もただならぬものといいましょうか。ちなみにダイナミズムをそのまま継承した人々は、己の思想を昇華する前になんかぽっくり行ってますねえ。子路といい顔回といい。いやどうでもいいんですが。
 岱さんの話、岱さん視点の馬超の話のつもり、先の馬超の話の続編というか姉妹編のつもりが、気付けば蜀話。諸葛亮先生を敢えて描写する事になろうとは自分でもびっくりだ。「望南」ではそのうち出す予定だったのですが。途中、岱さん食ってしまうイキオイでかなり焦りつつ…岱さん難しいです。生没年も字(あざな)も判らない、正史では馬超伝にちょろりと名前が出るのみという彼。もちっと書き込んでみたいです。
 書き込みたいといえば馬超VS張飛の一騎打ちもそうですが…今回何かのダイジェストみたいなんで、リベンジ目指して蜀書読み直してきます(笑)

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