風 化

 

 

 春の光輝(ひかり)の鮮麗(けざやか)さ 長閑(のどか)なる色の果て 逍遥うは現身(うつしみ)の 白き色 花と紛ひて ただひとり 散る花弁(なみだ)すらなく―――

 

 その事は既に成らず、ただ疾く呉都に戻る可し。
 春の日に齎らされたのは、ただ、その報。仔細を使者は語ったかもしれぬ。だが半ば以上、それは耳を通して響けども、音としてしか響かぬ。意味あることばとして捉えられぬまま、足許を吹き浚う外よりの風に、流れて消える。
 疾く戻られよ。使者は繰り返しそう告げる。一刻を争う時なれば、と。ただ盛りを過ぎた春の中、いっそ暑さすら感じられるその中で、戻るという言葉に頷いたのは、既にその装束が季節に遇わぬ暑さを齎らし、考える力を緩々と奪っていた故かもしれぬ。

 ただ判るのは、「それが成らぬ」ということばかり―――
 我が身を巴丘に留め置き、降将たる太史慈を更に西の建昌に、南方の諸豪族や山越の異族を抑えるは賀斉と定め、己の周囲に留め置いた武将にはひそやかに命を与え、兵を選ばせた。それはひとえに彼のひとの手にした江南の呉都より、長江を渡り許都におわします帝その御方をお迎えする軍を発する事。帝のある許都で権勢ならびなきは、司空たる曹操。その曹操は更に北方の袁紹と戈を交えんと外にある。その隙を狙えば、事は成る。
 それを示したのは誰か。呉侯に封じられ討逆将軍の位を与えられた彼の人。己の義兄弟でもある彼の男。
 帝の傍らにある司空・曹操が「あの悪餓鬼とは喧嘩はできぬ」と蓋し憎々しげに評した、その悪餓鬼。
 孫策。
 我が身は伯符と字で呼ぶことを赦された朋。
 それが別れ際、俺は許都へ行くと告げた声。ごく軽い声は、事の重大さに反して力みすらなく、まさに曹操その人の留守を突いて家の中を脅かそうと、悪餓鬼がひとり徒党を率いて企んだが如く。けれどそれは成ると、確信している表情のあかるさ。
 それを見た己も、その首尾や如何と与えられた任地で窺っていた。彼の人がそういうなれば、それは成る。成れば、我等が天下に手が届く。
 そう、思っていた。殆ど子供のように無邪気に信じていたかもしれぬ。その企みを知るものは皆、悪だくみをうちあけられた徒党の如くであった。
 けれどそれが成らぬという。
 無念というより先に「何故」という問いがあった。何故それが成らぬ。討逆将軍孫策の武威があり、その迅速さがあって何故、それが成らぬと。
 成らぬという意味は知らぬ。知ろうとも思わなかった。ただ何故と問いのみがあり、そして成らぬならば戻らねばならぬなという暢気とも言える思いがあった。
 周瑜は未だ、己の行動の意味すら知らぬ。ただ成らぬというのなら、己の軍を率いて戻らねばならぬと、それだけを思った。何故軍を率いるのか、その意味すら計りかね、けれどそうせねばならぬということだけは、はっきりと判っていた。
 

 心持ちだけは酷く緩やかに、漣(さざなみ)すら立たぬ。けれどその行軍は夜に日を継いで憩む間もあらばこそ迅速に。おおよそ人が鑑みる迅さを超える速度で船を馬に乗り継ぎ、その馬を替え、呉都に周瑜が辿りつくまでに、使者は二度。先に帰参を促した使者についで、途上で一度。
 その意味を知るが故の強行軍。軍中の誰もがそう思い、けれどそれを率いる周瑜には未だ意味は捉えられぬ。
 「重傷」の意味。次いでの「危篤」の報。ただ春の日の長閑さに紛れた言葉は、その風の因(もと)より悠(とお)い。悠いまま、彼の中で捨て置かれ、捨て置かれた言葉が意味を成したのは、呉都に着いてのち鎧をつけ兵の中を巡る、孫策の弟―――孝廉様と呼ばれ、大弟君と呼ばれる孫権の姿が己を迎えて後だった。
 特徴的な碧眼が赧(あか)く潤み、己を見るなりそこから零れた雫と、伏せられた頭(こうべ)を支える肩の顫えが嗚咽を搾り、「大哥(あにうえ)が」と云ったなり言葉を失った歳若い孫策の弟に、ただ周瑜は膝を折り、臣の礼を取って応えた。そうする他はなかったといっていい。
 そして、誰が彼にそれをさせたか、それを思い顔を上げ、ちらりと眼の端に、やはり険しい表情の張昭の姿を見た。その周囲の全てに顕れる深い悲嘆の色を見た。悲嘆と同時に安堵をも見た。
 そして今、自分を迎えるべき者が、この碧眼児、大弟孫権をおいて他におらぬ事を知った。
 彼のひとがおらぬ事実が、「逝去」という言葉とともに現実として眼の前に置かれ、けれど彼はその意味を知りながら、酷く悠いもののように思っていた。

 誰がそれをさせた。未だ稚(わか)い、二十歳にもならぬ大弟君に鎧をつけさせ、兵の間を巡らせた。
 何故それをさせた。呉都に戻る己の兵馬を、同じく兵馬を以て迎えさせた。
 何の為の安堵か。この周瑜の率いる兵が、そのまま呉都を乗っ取る力を持ちながら、未だ孫家の前に膝を折るか否かと、危惧したとでもいうのか。
 そして、何人(だれ)に向ける歎きか―――

 己が膝を折るのはただひとり。主と選んだは孫伯符。しかしこの兵は誰の兵だ。孫伯符に預けられた孫家の兵ではないか。
 迎える者はおらぬ。だが、仕える家は未だ健在だ。それを認めて何故、この兵が主家たる孫家に牙を剥く。それをする者が夥多あろうと、身内にどれほど巣喰おうと、この兵ばかりは盾となる。かのひとの家を守る城壁ともなろうものを。

 けれど己は、未だかのひとが「おらぬ」事を認めてはおらぬ。
 ただ茫然と、周瑜はその己を持て余し、ただ「何故」という問いばかりが、碧眼より流れる涙を、その周囲に起る嗚咽を不思議なものと捉えさせていた。
 何故の涙かと。おそい春が陽の気を増し夏に至らんとする風の中、かわいた己の頬にあたる風が微温く湿度を孕むのを、ただ茫然と感じていた。
 

 家に戻れば、涙の湿度が己を迎える。労るような眼で己を見る妻に、周瑜はこの女もこんな表情(かお)ができたかと、軽い驚きをもってそれを眺めた。およそ気丈な彼女は取り乱してはおらぬ。けれど己と対蹠的に乾いた夫の眼に惧れを抱いた様な、そんな風情があった。
 男とは、公に己を保たねばならぬ男とはこういうものかと思った―――訳ではあるまい。可恐しいものを見る様に詰められた息が吐き出され、そして縋る指先に、ただここに存るものが己の夫であることを確かめるような力を込め、「夫君(あなた)」と呼び掛ける。
「大姐(おねえさま)は酷くお歎きで、起上がる事もままならぬほど、」
 夫君は、と問う声に、周瑜は微笑を向ける。
「疲れただろう。少し寝め」
「夫君は」
 恐らくは、巴丘の己に向けられた使者が呉都を発った頃から、彼女もろくに寝んでおらぬのか。彼女の姉は、彼の人の妻だ。江東に並ぶもののない美女と謳われた姉妹を分けて妻として、けれどその姉を慮う彼の妻の頬にも、美貌を悽愴なまでに見せる色濃い疲れが見える。けれどその妻は、距離を隔てて夜を徹して駆けつけた夫を、労るというよりは寧ろ、怯える様に見て、そして何かを悟ったものか。
「おいたわしい―――」
 呟いた声と共に、彼の頬を掌に挟み、それをする女の頬が、新たな涙に濡らされる。
 何を、いたわしいと云うのか。煩わしいというよりは、寧ろ怪訝で、彼は眉を顰め、ただそれをする妻を見降ろしている。
「おいたわしい」
 女は繰り返し、そして首を横に振った。
「主公(きみ)を、待っておいでなのですね、夫君」
 その、使いを。それまで寝まぬおつもりですか?
 その通りだった。
 彼女のことばは、いつも正しい。

 何故、その声が聞こえぬ。
「公瑾」と、己を呼ぶ声が、何故聞こえぬ。
 何故そのことが已(や)められたのか。許都へ向かう兵は、何故未だ、江の南に留まっている。何故、その間を己で巡らぬ?
 

 その問いの中で夜が明け、昼が過ぎ、葬儀の日に至ってなお問いは已(や)まぬ。
 春の日の中、白い紙銭が撒かれ、白い喪の色が雪の様に場を蓋う。魂よ未だここに存るなら還れと呼ばう声が、哭礼の高い声が、魂を慰める舞いが、全てが白い色に蓋われて、けれど雪が降るにはあまりに暑い。香の煙が肌に染み込むようで、それが重さすら感じさせる。
 何故の歎きか。
 それを向けられるものは、それを聞いてはおらぬのに。
 何故、遺されてあるものが歎かねばならぬ。
 歎かれる者は既に、歎きから悠い。それなのに。
 それを思う己の頬に涙はない。それを責めるように周囲は歎きの色に染められて、行なわれる儀式の故を理解しながら、それを遠くから眺める様な己に、ふと向けられる視線があった。
 まだ、年若い。二十歳にもならぬか。大弟君と呼ばれ、今、皆の前で哭礼を行なう碧眼の少年と同じほどか、それよりも若いか。
 その少年にも涙はなかった。ただ自分と視線を合せた刹那、ふと端正なその顔が歪み、背けられた。
 「いたわしい」「いたましい」と。妻に向けられたと同じ眼がそこにある。何故その眼を己に向けるのか。そして、逸らすのか。痛々しくて見てはおられぬと云わぬばかりに、その顔を背けたのか。
 あれは誰かと問えば、陸氏の総領だと、誰かが応える。陸氏。孫策がかつて攻め落とした城の主。孫策に追い落とされてのち、病死した伯父に代わり、今やあの若さで、己が陸氏を纏める身であると。
 陸議という名のその少年が、歎きからも儀式からも遠く存るもののように、涙も嗚咽もなく佇むのは、その仇があればこそか。しかし恨みの色もなく、ただその儀式を遠くから眺めている様な風情が浮き上がり、そしてその視線が、儀式の要ともいえる棺と哭礼を成す孫権ではなく、己に向けられていることに訝しさを感じた。
 何ゆえに、痛々しいと云わんばかりの顔を向けるのかと。
 そこから己の貌を背け、儀式に眼を向ければ、誰のものともつかぬ言葉が耳に届く。それは今交わされる言葉であるのか、それとも先に聞いた誰ぞの言葉であったのか。
 判らない。判らないまま、耳がそれを捉えている。

「先に責め滅ぼした許貢の食客が」
「狩の道を待伏せて、仇を」
「刺客」
「矢傷が思いの他、深く」
「これからというときに。あたら二十六の若さで」
「よもや戦場ではなく、刺客ごときに」

 香の煙が死臭を蓋い、白い色が視界を塞ぐ。
 その刹那、再び周瑜は、あの少年の視線が己に向けられたのを感じ、振向いた。
 痛々しい―――
 言葉もなく、雄弁に物語る眼が、ひたと己に向けられ、凄まじい狂暴さで己のうちに沸上がったのは、瞋(いか)りだった。無論、その少年に対してのものではない。
 棄てられた女に向けるような眼を、その少年の眼差しに見出し、愕然として周瑜は棺を見た。未だ崩れぬ、そのかたちをしたものがそこにある。けれど動かぬ。声をかけることもなく、ただ今しも崩れ腐臭を放とうとするような醜悪なものが、そこにある。
 美姿顔。そう讃えられ、孫郎と褒めそやされた姿が、けれどたとえようもない醜悪さで眼の前の棺の中に存る。

 裏切られたのだ。
 そう、感じた。
 これほどの裏切りがどこにある。
 何故おまえは、今、許都にいない。何故。
 お前が来いと手を伸べたから、己はここにあるものを。
 その己を避けるように、何故棺のなかに隠れてある?

 瞋りの衝動のままに、その葬儀そのものを踏み蹴散らしたいと、彼はそう思った。
 もしここに率いた兵馬がそのままあれば、この喪服など脱ぎ捨て、槍を取り馬上からこの儀礼を思うさま蹂躙したいとすら思えた。
 裏切られた己を見る、痛々しいと哀れむ眼の前で、それをしたいと希(ねが)った。
 棺の中に謐かにあるものに、その様を見せてやりたいと。
 この裏切りへの報復をしたいと。
 その衝動を押し隠し、けれど彼の頬に涙はない。ただ眼の前が赧く染まるほどの瞋りばかりが、吐気を誘う。香の煙に胸が詰まる。
 今の貴様が放つ臭気を、崩れ掛ける醜悪さを暴いて、何故裏切ったと、詰ろうか。
 そうすれば、この裏切りを悔いてみるか?

 彼の人は既に、それを悔いることすら叶わぬ。それを知りながら周瑜はただ、睨む様に棺に向けた視線を降ろし、面を伏せ、耳に触れる歎きの喧(さわ)がしさすら感じぬ静けさの中に、一人佇んでいた。

 そして、痛ましげに己を見る少年は、己の何を見透かした―――?

 判らぬ。見透かされる何かが、己の裡(うち)にあったのか。
 探る眼の前に、泣き崩れる女が見える。かのひとの妻であった女。自分の妻の姉でもある女。その膝に縋る子は未だ立ち上がったばかりの幼さで、言葉も知らず、また何が起ったかも判らぬあどけなさで泣き崩れる母の膝を揺らし、時折何が可笑しいのか―――風花の如き紙銭をおもしろしと感じたか、笑みさえ見せる。それを哀れと、更に歎きが深くなる。
 そして歎くこともせず、ただ裏切られたと、その慮いに愕然としながら、周瑜はそれを視(み)て、佇立することしかできない。

 

 春の夜陰の長閑(のどか)なる 逍遥うは現身(うつしみ)の 白き色 花と紛ひて ―― 春、四月の中に白き喪の 月夜に浮ぶ、死骨の色彩(いろ)。

 

 喪服をお脱ぎあそばして。そう告げる妻を拒み、彼はただ夜の中、庭に続く扉を開け放ち、月明かりの幽かな中に浮ぶ布帛を見ている。己の房(へや)の中、もう何年も以前に寄越された信(書簡)はただ長閑で、それが寄越された直前にあった戦のことも、己が危うい目に遭遇したことも綴らず、ただ「共に狩にでも行きたい」と、徒然を慰むように記されて存った。
 彼から寄越された私的な信(書簡)は、ただそればかりか―――凡そ己もかのひとも、筆不精な性質ではあった。否、互いに対してのみ、そうだったかもしれぬ。余処にはもう少し忠義(まめ)だった。
 けれどその信は未だ墨痕すらあざやかに、その声すら届くほど鮮麗(あざやか)に存る。先程それを認めたといわんばかりの手蹟(て)が語り掛け、けれど月明かりの中で彼はそれを千々に引き裂いた。
 引き裂いた手で柱を殴り、けれど骨も砕けよといわんばかりの力は己の身を砕くことなく、ただずるずると滑り落ちた躰とともに柱を滑った皮膚が裂けたばかり。
 尾をひいて、あざやかに赧(あか)い跡を残したばかり。膝をついて庭を見る膝の上に滴って、赧い色が白を点々と染め、袖口を、襟元を汚してゆく。更に柱を殴る手から、滴ってゆく。茫然と、彼はそれを視(み)ていた。
 そのまま、どれほどそうしていたか。
 月もない昏さ。それがふと騒いだ。そしてその騒擾が失せた。刹那、視界がただ無彩色に彩られ、驚いて瞬きした彼の前に差込むするどい光が、唐突に全ての色彩を紡ぎ出す。
 燃える翡翠の緑。庭を彩る色彩が明けの碧霄から目眩い極彩色を呼び覚まし、それを見る彼の前に、己の流した血の匂いが酷く生々しい。汗ばんだまま脱がぬ喪服が、甦る草木の翡翠が清々しい香をしのばせ、一瞬温度をひくめた空気の中で、そればかりが生微温い温度を留め、弔いに焚かれた香の移り香に紛れた野蛮な臭気に気付かせる。

 ああ、そうか。
 死んだのは、己ではない。

 喪服を脱げと云われるも道理。死んだのは己ではない。己の義兄弟とも主君とも、いっそ半身とすら言える者。けれど己ではない。
 己は未だ、生きてある。生命の野卑は臭気となって、色彩の野蛮の中で己を打った。
 死骨の白を纏い、けれど己は生きて存る。明るい春の空を見上げ、たなびく雲の色彩を目に映し、周瑜ははじめてそれに気付いた様に瞬きして、柱に縋り立ち上がった。
 狩にでも行きたい天気だ。
 不意に空の明るさにそう感じ、共に行きたい、と信(書簡)に書いて寄越された、それを思い起こす。
 眩暈がした。

 もう会えぬ。
 共に行くことも叶わぬ。

 己はどこにでも行く事ができる。
 けれどかのひとと共に行く事は、二度と叶わぬ。
 二度と―――

 息が詰まった。膝が砕けた身を柱に縋らせ、そこに縋る手に鈍い痛みを感じる。どれほど喉を喘がせ、息を吸っても癒されぬ苦しさを感じる。

 己は痛みを感じる。苦しさも感じ、息をしたいと喘ぐことも、そしてその喉を通る朝の空気の清々しさをも感じる事ができる。
 けれどかのひとは、既にその全てから離れてある。
 二度と、共に駆けることは叶わぬ。

 もう、会えぬ。

 悼むのは誰にだ。どれほど悼んでも、かのひとはそれを見ぬのに。苦しむこともないというのに。
 苦しむのも、歓ぶのも、哭くのも、全ては遺されて存るものの上にある。
 どれほど悼んだところで、かのひとはもう、何も成さぬ。ただ腐って死骨の白を、否応なく纏うばかりだというのに。

 ならば、哭くまい。

 かのひとは既になにも成さぬ。けれど己は、何を成すのも自由なままであれる。哭くことも笑う事も、痛みを感じることも、快を欲(もと)めることも。
 何をすることもできる己は、かのひとの為に哭く事はするまい。

 もう会えぬ。

 裏切られたという瞋(いきどお)りの過ぎた虚ろの前に、春の翠緑はただ鮮麗(けざやか)にある。何も起らなかったと云わぬばかりに、ただ長閑に。
 その、長閑の中―――

 哭く事を拒む己に、何もすることはない。
 何も、それをすることを望む事はない。何故なら、望んでいたそれは「既に成らぬ」ものと成り果てた。

 もう二度と、会えぬ。

 何もすることはない。
 けれど「することを望まれる」ことはあるか?
 「せねばならぬ」ことはあるか?履行すべき義務は?
 それを探る彼の前に、言葉がある。

『大哥(あにうえ)は、国の内のことは張昭に、国の外に当る事は、周瑜おまえにと、そう告げておられた』

 涙ながらに、兄を奪った天命に憤る様にして、大弟と呼ばれた孫権は彼に、そう訴えていた。
 それは、正しい。
 国主たる者に次ぐ軍権をはからずも負うこととなった己には、そう頼られてあることは、正しいことだ。そして己はそれに背かぬ。
 喪服を脱ぎ、出仕せねばならぬか。彼は、そう思う。
「死したのは夫君に近しい方。けれど夫君ではありませぬ」
 それゆえに、死の色を脱げと告げる妻に従い、この喪服を脱がねばならぬ。
 

 姉君をお慰めしてさしあげよ。たったふたりの姉妹なのだから。
 妻にそう告げ、何かを気掛かりに思う風情を見せながらも、妻はそれに従っていた。足繁く姉の住いする館に通い、そして常通りに衣官を整える夫を、彼女はどう見ていたか。
 ただ、その手の瑕(きず)を触れ、手当をしながら、既にその女は泣くことをしていない。云われるままに漸く喪服を替えた夫を、あやうげに見る眼は、けれど不快ではない。先に陸議という少年が己を見た眼と酷似しながら、それに憤りを感じる事はない。
 微笑を浮かべる夫の頭を胸に抱き寄せ、無言で背を撫でたのは、姉にも同じことをしたものか。そう感じながら、労られる己が滑稽だと、周瑜は思う。
 労られるべき何ものも、己の上にはない。死したのは己ではない。無念のまま、何をなすこともできなくなったのは己ではない。望めば、己は何でもできる。
 けれどその無念を抱く相手は、既にその無念という念(おも)いすら感じることは出来ぬのであろうが。
 

 慟哭は未だ声なき声となって呉都を蓋い、動揺は甚だ大きい。
 年若い大弟君に、気難しい呉会の豪族は討逆将軍にしたように従うか。どれほどの人が残るか。この機に乗じる不逞の輩はどれほどか。
 慟哭する間もない。葬儀の前に鎧を着せられ閲兵した大弟君は、それを望むか望まぬか問われるより迅く、亡き兄の坐った座に押し上げられ、その前に周瑜はいた。
 あの周家が従うならば。
 周瑜の率いる軍が、孫家を未だ主と仰ぐならば。
 そして、年若とはいえ、兄の死の直後に兵の前に姿を顕した碧眼児の姿は、痛々しくも凛々しく見えたものか。動揺は火を吹くに至らず、そしてあの日、涙を見せずに佇んであった陸家の総領、陸議という少年は、加冠(成人)を過ぎれば改めて孫家のもとに出仕しましょうと、その意向を明らかにした。
 呉会の豪族の中でも重きを示す陸家の決断が決定打となる。未だ孫家は呉会を治める主として認められ、そしてその中に、その男もまた、いた。
 太史慈。
 かつては孫策の敵でもあり、一騎打ちにおいて、あわやその首を取らんとするところまで追い詰めた男。
 主を失い、なお己ひとりで孫策に歯向かい、ついには捕えられ、その軍門に降った男。孫策をして、己が取りまとめた徒党の頭として遇しようと云わしめた、その男。

「周郎は、よもや討逆将軍の後を追うつもりではあるまいかと」
 出仕した周瑜に声をかけたのは、その男であった。驚いて振向いた彼に、太史慈は更に続ける。
「誰もが、そう噂した」
 だが俺はそうは思えぬと、その男は謂う。
「寧ろ、この機に乗じて、孫家を蹴倒して己が呉会の主と立つ、その方が貴殿らしい」
 あの日、巴丘より兵を率いて戻られた折、事実それを成す気かと思った。
 春の長閑の中で、他愛ない世間話のように向けられた言葉は、今この時にあって、聞き流せぬ重さを以て周瑜に届き、瞬きした彼に、その男は更に続けた。
「それならば、俺もそれに乗るべきかと、そう―――」
 一笑に付せばよかったのかもしれぬ。だが彼はそうすることができず、ただ茫然と己の中にあった虚ろを、その言葉に弾かれた思いで太史慈を視(み)た。
「俺が膝を屈したのは、孫伯符という御仁に対してだ。それ以外の何にも、膝を屈した覚えはない。孫家という家にすら」
 続ける男に、周瑜は謐かに問い掛ける。
「それを、俺に謂うのか」
 既にして孫家の臣である、この周公瑾にそれを謂うか。咎めるような響きを帯びた声は、春の日の中に、しかしその固さすら溶かされた様だ。
 力なく地に落ち、それを踏みつけるようにして太史慈の声がある。
「貴殿になら、俺が謂うことが判る筈だ」
 俺と同じく、孫伯符そのひとの為にここに存る、貴殿にならば。
 可恐しい事を謂う。そう、かれは眼の前の男を改めて見た。可恐しい事を、なんとも穏やかに告げるものかと。
 けれど、その男と同じ穏やかさで、彼は問う。
「では、そうならなかった今、貴殿はどうする」
 膝を折る相手は、もはや―――
 言い掛けて、声が詰まった。「居らぬ」と、それだけを告げる声が、何故出ぬのか。それを訝しむ彼の心中を知ってか、その男はこともなげに告げる。
「西に。建昌に戻る」
 今、あちらの山越を抑え、この機に乗じて騒ぎを起こす浅薄な性根の連中に睨みを効かせるには、俺しかおらぬ。
 その太史慈の言葉に、周瑜は軽く首を傾げた。
「しかし、その役を果たすべく建昌都尉の位を授け、その地を預けたは、」
 他成らぬ孫家ではないか。
 そう云う彼に、太史慈は苦笑を浮かべた。
「ここにいても、することがない」
 その言葉に、びくりと周瑜の肩が顫えた。

 ここにも、居るか。
 何をすることも赦されてありながら、何もすることがないと謂う男が。
 何もすることがないから、成すべきことを探す男が。
 かのひとの居らぬところで、せめて彼の人の「家」に未だ連なる男が。

「軍を率いて、己が取って代わると―――」
 呟きながら、周瑜は太史慈から眼を逸らし、天を仰いだ。
 狩にでも行きたい心持ちだ。そう、ぼんやりと思いながら。
「そのほうが俺らしいと?莫迦な、」
 彼の人がおらぬと見るや、それをすれば、と続け、彼は先に詰まった言葉がするりと喉から発せられた、そのいたみを感じる。
「彼の人がおらぬからと、その家を蹴倒せば、」
 彼の人が存ったが故に、仕えた己は、彼の人に剋てぬが故に膝を折ったと、世人はそう見る。
「そうではない」
 回廊の欄幹を掴み、周瑜は面を臥せ、顫える息を吐き出した。
「そうでは、ない―――」
 己は共に存る事を望まれて、ここに存る。決して、敗けたからではない。彼のひとに劣ったからではない。並び立つ事を赦されて、それだけの力を己に認め、だからこそ、ここに存る。
 決して、彼の人に剋てぬからではない。
「俺は」
 喉が痛む。刺すような痛みを感じ、けれど浮んだのは哂(わら)いだった。唇許のみで哂(わら)いながら貌を上げ、その男に眼を向ければ、可恐しいものにまみえた様に眉を顰めるのが見える。
「俺は、伯符にだけは、敗けたくない」
 異物を圧し出す様に吐き出した言葉に、太史慈は嘆息した。その嘆息の中で、彼が欄幹を掴む手に込めた余りの力に、指先を顫わせた様を見たものか。
「その手、如何なされた」
 傷口に白く巻いた布は手を蓋い、指先ばかりが顕れる。ただ首を横に降れば、太史慈は呟いた。
「俺は慟哭することができた。だが、貴殿はそれもなされぬか」
 かなしいと、己に認め、そして彼のひとに敗けたと認め、けれど貴殿はそれもせぬか。労る様な言葉に、周瑜は己の手に存る喪の色を見る。
「俺は、かのひとにすら、膝を屈した覚えはない」
 

 来いと云われ、手を取ったのは己だ。己の意志だ。
 けれどそれを云ったものは手酷い裏切りの果てに、もう、会えぬ。
 もう、居らぬ。もう、何も成さぬ。
 けれど己は、未だ欲(のぞ)めば何を成すことも叶う。それが赦される。
 彼の人と共に存りたいと、そう望む他は、何一つ赦されぬ事などない。

 だから哭くまい。

 けれど哭くことをせぬ己に、することはない。
 けれど、成すべきことはある。

 かのひとが欲(のぞ)んでいたであろう夢を己の手中に握り潰し、誰にも渡さぬ。
 己が望んで仕える「大弟君」は、既にして己の主君の弟ではなく、主君そのひとだ。
 その人の上に、かのひとが欲(もと)めていたものを与えてくれよう。己の主君は「嗣ぐもの」ではない。新たに「興すもの」だ。
 

 太史慈と別れて外に出れば、未だ階(きざはし)に腰掛け、ぼんやりと霽(はる)かを望む姿がある。
 未だ幼い―――小柄なゆえに、年より若く見られがちな姿は、やはり今、己の成すべきことを見失ってあるかの様だった。
「阿蒙」
 呂蒙というその青年を、揶揄うように、子供を呼ぶような呼びかたで「阿蒙」と呼べば、驚いて振向く貌がある。
「周郎、」
 誰かと思った、と僅かに笑った貌が、しかし一瞬の後に伏せられ、そして未だ拭えぬ悲嘆の色を滲ませる。
「俺、お守りできなかったんです」
 側仕えの彼が、自分の手の届かぬところで主君が刺客に襲われた、それを己の咎として責める、それは道理だ。そうせねば、やりきれぬ。どれほど辛くとも、辛いところに己を追い詰めねば、癒えぬ思いもあるはずだ。
「俺が、ついていながら」
 それは正しくはない。側仕えといえど、一日中、主君の側に張りついている訳ではない。彼もまた、その時には別の仕事をしていたのだろう。
 そして、かのひとは、己の周囲にいるものたちの、ほんの一瞬の間隙をついて、ふいに一人になりたがる。そういう性質ではあった。
 そして、それが禍となった。そういう事だ。
 無言で周瑜は呂蒙の一段うえに腰掛け、その袖を回し、頭を引き寄せた。己が、妻にされたように。まるで子供をあやすように。
 素直な嗚咽が零れた。それでいいと、彼は思う。
 哭かねばならぬ者もある。かのひとの弟がそうしたように、慟哭に身を任せ、その記憶を浄化させねばならぬ者もある。
 その者たちに、その記憶が呪縛とならぬよう。
 かのひとの欲(のぞ)みは、果たせぬそれを無念と慮うことは、彼等にとって邪念となる。嗣ぐのではなく興すときには、呪縛ともなる。
 それを祓え。
 己の名である「瑜」の一字は「玉」の意味でもある。陽の気を集め、陰の気を祓う。それゆえに祭具となり、帯びるものを守る。
 そのようであればいい。そう、思う。

 宥めの言葉もなく、ただ涙を堪えようとする腕の中の、既に少年とは言い難い歳となった、それでも未だ幼さを残す姿に、構わぬ、と周瑜は告げた。
 堪えるな、今は哭いてよい時だ。哭かねば、留まる鬼(霊)は仇を成す。邪なものとなる。
 それに呂蒙は幾度も頷き、彼にとって、己を拾った孫伯符という男の記憶が呪縛とならぬよう、瑕とならぬよう、ただうつくしい思い出となるようにと、そう思う。
 そして、かのひとの弟である、今、己が主君と仰ぐべき少年にとってもまた、そうであれと。超えようとすれば、呪縛となる。超えずともよい。かのひとと碧眼の少年は同じ途を歩む事はない。己の速度で、歩めばよい。
 

 そして己の前には、なすべきことがある。
 哭くことをせぬ己の前に、未だ途はある。生きて存るのだから。死んだのは己ではないのだから。
 

 遺された女は、その子が育つ頃には父の貌も覚えてはおらぬだろうと、それを哀れがって悲嘆に暮れているという。
 それを聞いて、母となる女とは勁いものだと、そう思う。
 死したるものへの悲嘆から、その涙は既に、幼子の生い立つ先への不安へと転じている。それを泣く女は気付いているのか否か。
 恐らくは彼女にとって…かのひとの妻であった女にとって、かのひとと共にあった2年にも満たぬ時は幸福であったものか。そうであるならばよいと、思う。そうでなければ、斯様な悲嘆はあるまいが。
 その幸福な記憶の中のかのひとは、幼子に語るに値する、類い稀な男であるだろう。
 その死は不運であり、けれどその女はかのひとを憾(うら)まぬ。彼はどこかで、それを安堵していた。
 己が感じたように、それを裏切りと瞋(いきどお)る事が、その遺された女性と幼子にあれば、その「不在」への悲嘆は、過去の幸福にまでも翳を落とす。
 それをしてほしくはない。そう周瑜は思う。遺された女の為にも。
 その遺された女を音訪(おとな)う我が妻は、と彼は更に思う。
 何も謂わぬ。だが、僅かにかのひとの子に遅れて生まれた我が子を、伴おうとはせぬ。幼子同士、歳も近ければ慰みにもなろうと思うが、彼女は頑なにそれをせず、姉を音訪う折には必ず、家人に幼子を預けていた。
 何故、と問うたこともある。
 けれどそれに返されたのは、雄弁な沈黙ではあった。

「かのひとと夫君のようであっては、困るもの―――」

 そう謂われているような眼に、周瑜は沈黙せざるを得ない。幼き日より知己となり、そしてそれを喪った己を、妻がどう見ているか。
 彼はそれを知り、何も云う事はできない。

 それでは、己は不幸であったか?

 判らない。

 その刹那ですら。裏切りとそれを感じた刹那すら、不幸であったかどうか、彼には判断することができない。
 そして今の己が不幸であるとも、思えない。

 少なくとも死したものよりは余程、幸福だ。
 未だ、笑えるのだから。笑う事が叶うのだから。

 

 春の光輝(ひかり)長閑(のどか)なる 禍々しいまでに濃くなりそめし、夏に近付く色の果て 現身(うつせみ)に散る花弁(なみだ)すらなく―――

 

 時は過ぎ、白き喪の色を脱いだ手に、既に傷はなく、ただ張りついた様な喉のいたみに耐えかねて、彼は己の手の甲に唇を圧し宛てた。
 

Sun Oct 20 5:51:40 2002 Kate Nisee