幸せの時…番外編
『星に願いを…』
それは夕食後の事だった。
「そう言えば……明日は七夕ね……」
食後のお茶を啜りながら秋子さんが何気なく呟いた。
「あぅ? たなばた?」
真琴は聞きなれない単語だったのか、首を傾げている。
俺は壁に掛けられているカレンダーを見て日付を確認した。
確かに明日は7月7日だ。
だが俺は正直、七夕に何の興味も無かったので、特に感慨もなく答えた。
「言われてみれば、そうですね」
何事も無かったかのようにお茶に手を伸ばすと……。
「わっ、大変だよ。急いで仕度しなくちゃ!」
何故か名雪が大慌て……。
「大変って……名雪。 お前何慌ててるんだ? たかが七夕だろう?」
「たかがって……祐一………知らないの?」
名雪はキョトンと、心底意外そうに俺を見詰める。
「知らないって……七夕だろ? 織姫と彦星の……」
「うん♪ 織姫さんと彦星さんが、良い子にしてる子供達の願い事を叶えてくれる日なんだよ♪」
「………………………」
(何か違う……)
俺は半眼で秋子さんに視線を向ける。
「(ニッコリ)」
素敵な笑みを返されてしまった。
(………………)
どうやら水瀬家では、織姫と彦星は、サンタクロースと同義語らしい。
しかも名雪は信じきっているようだ。
俺はぽりぽりと頬を掻いて、まあ名雪の夢を壊すのもなんだしな……と思い、話しを合わせる事にした。
「……願い事……叶うといいな……」
「うん♪」
名雪は無邪気に微笑んだ。
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「お姉ちゃん、今の話ホントなの?」
名雪の言葉を信じたのか、真琴は瞳を輝かせて聞いてきた。
「うん、本当だよ。 去年も一昨年もちゃーんと願いが叶ったんだから♪」
「(キラキラ)」
真琴の瞳の輝きが増した。
「ね…ねぇ、どうやればいいの?」
「えーとね、短冊……まあ紙に願い事を書いてね、笹の葉につるすんだよ。 そうすると紙に書いた願い事が叶うの」
「ふぅ〜ん、それだけでいいんだぁ」
「あっ、でもね……悪い子だと、願い事は叶わないんだって……」
そんな設定は無い……と俺は心の中でツッコミをいれる。
「なら真琴は安心ね♪」
「……………」
真琴は何の躊躇もなく言い切った。
ある意味、凄い奴である。
「………はぁ……幸せな奴…」
ため息と共に、からかうように言った俺の物言いに、真琴はむっと顔を顰めた。
「むっ…真琴は兎も角、祐一は絶対に無理ねっ! だって意地悪だもん」
「別に俺は意地悪じゃないぜ」
「うそ! いっつも真琴に意地悪ばっかり言ってるじゃないっ!」
「それは真琴にだけだって……俺は基本的に良い子だからな」
「…………っ…」
一瞬真琴の表情に悲しみがよぎる。
が、次の瞬間、真琴は顔を真っ赤にさせ怒鳴り出した。
「あぅっ! なんで真琴にだけ意地悪なのよぅーっ!」
「なんでって……そりゃーお前………」
あれ? そう言えばなんでだろう?
何気に考え込んだ俺に代わり、名雪が口を開く。
「ほら真琴ちゃん……よく言うじゃない……」
「あぅ?」
「好きな娘には、意地悪したくなるって言う……」
ぽかっ!
俺は速攻で名雪の額にチョップを入れた。
「うにゅ……祐一痛い……」
名雪は両手で額を押さえ、恨みがましい視線を俺に向ける。
「うるさいっ!」
俺は照れ隠しで名雪に怒鳴った。
そんな俺を、真琴はじっと見詰める。
(じぃーーーーーーーーっ)
「………………うっ…」
その視線に堪え切れず、俺は視線を逸らした。
「祐一。 えと…その……今のってホント?」
上目遣いで期待の篭った眼差し。
「…………」
「ねぇー、ホントーなのぉ?」
口調に甘えた響きが混じる。
「…………」
「ねぇねぇー。祐一ったらぁー」
「あー、もう…うるさい!うるさい! この話しはもう止めだ!」
俺は一方的に話しを打ちきった。
「えぇーーーっ、何で?」
「何ででもだ!」
「あぅーっ、祐一…横暴!!」
真琴があぅあぅと抗議するが、俺は取り合わない。
「祐一さん」
今まで俺達の会話を見守っていた秋子さんが静かに口を開く。
「…………もしかして照れてます?」
「あ、秋子さんまで……勘弁して下さいよ……」
「クスクス」
うー、このままじゃまずい……。
「……………そ、そういえば……」
俺は話題を変えるように、秋子さんに話し掛けた。
「七夕用の笹って、あるんですか?」
「笹? あぁ、それなら……」
秋子さんは立ち上がり、庭に面する引き戸の前まで来ると、カーテンを一気に開いた。
シャーーーーーーーッ!
庭の真中。
そこには1本の笹が植えられていた。
「この通り、ちゃんと用意してあるわよ」
「…………………あ、秋子さん……何時の間に……」
秋子さんは答える代りにニッコリ微笑むと、
「短冊も用意してありますから、みんなで願い事を書きましょうね♪」
予め用意してあったのか、七夕セットを取り出した。
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縁側に場所を移し、みんなで並んで座る。
名雪は七夕セットの中から短冊を取り出すと、数枚抜き取り真琴に差し出した。
「はい、真琴ちゃん。これに願い事を書いてね」
「うん」
真琴は短冊を受け取ると、ペンを片手に願い事を考え始めた。
「あぅ…………何書こう? ねぇ、お姉ちゃん。 お姉ちゃんは何て書くのぉ?」
「私? 私はね、イチゴケーキを沢山食べられますように…だよ」
「いちごけーき?」
「うん、後は……明日の学校の帰りに、祐一がイチゴサンデーを奢ってくれますように…かな?」
「!?」
聞き捨てならない事を聞いてしまった。
「ちょっと待て、それは俺へのお願いなのか?」
「違うよー。 織姫さんと彦星さんへのお願いだよー」
名雪はしれっと答える。
「でも奢るのは俺なんだろ?」
「うん♪」
「却下だ!」
「わっ、祐一酷い」
「酷くない。 なんで俺が奢らなくちゃならないんだ」
俺は憮然とした表情で言ったのだが、名雪は気にも止めず楽しげに言った。
「だって、七夕だもん♪」
「………………(絶句)」
理由になっていない。
「じゃあ真琴も、祐一が明日の帰りに肉まんを奢ってくれますように……(かきかき)……っと♪」
おまけに真琴まで調子にのってしまった。
「…………お前ら、二人して俺にたかる気か?」
「いいの、だって七夕なんだからぁーっ♪」
真琴は名雪を真似て答える。
「そうそう、七夕だもんねー♪」
「…………………」
ふっ……お前達がその気なら、俺にも考えがあるぜ。
俺は二人に背を向けると、短冊にペンを走らせた。
(……かきかき……)
「ん?」
「あぅ?」
二人は互いに顔を見合わせて首を傾げると、
「祐一……なに書いてるの?」
肩口から俺の手元を覗きこむ。
「ん? えーと……この地上から……………」
「……肉まんと……イチゴサンデーを………」
不意に読み上げる口が止まる。
「!?」
「!?」
二人は固まった。
その短冊にはこう書かれていた。
『この地上から、肉まんとイチゴサンデーを消滅させて下さい……』
俺は固まってる二人の間をすり抜け庭に出ると、二人が届かない位置の笹を選んで短冊を結んだ。
「あぅ!?」
「わっ!?」
ようやく硬直から解けた二人は、大慌てで庭へと飛び出した。
そして俺の結んだ短冊に必死に手を伸ばす。
「あぅーっ、お姉ちゃんー、届かないよぅ」
「ま、真琴ちゃん、じゃんぷだよ」
「う、うん……。 あぅぅぅーーーーーっ! あぅぅぅーーーーーーーっ!」
気合いの抜ける掛け声で、ぴょんぴょん飛び跳ねる真琴。
「真琴ちゃん、ふぁいと…だよ」
「ダ、ダメ……届かない……」
俺は縁側に腰を下ろし、二人の慌てぶりを見て一息つく。
「祐一さん、あまり苛めないであげて下さいね」
「あっ、すいません……つい……」
俺は秋子さんに頭を下げる。
……と、ふと目に付いたものが……。
「秋子さん、それ……」
「ん……あぁーこれですか? これはですね、私の願い事……」
そう言うと、秋子さんはオレに短冊を見せてくれた。
そこには……。
『いつまでも、みんなで仲良く暮らせますように……』
と、書かれていた。
「……みんなで仲良く…ですか……」
「はい」
俺は相変わらずぴょんぴょん飛び跳ねている真琴と名雪を見る。
「あぅーーーっ! 肉まんーーーーっ!」
「うにゅーーっ! イチゴサンデーっ!」
「…………………そうですね………俺も……そう思いますよ……」
俺は静かに夜空を見上げ、星に願った。
いつまでも、みんなで仲良く暮らせますように……と。
「あぅーーーっ! 肉まんーーーーっ!」
「うにゅーーっ! イチゴサンデーっ!」
おしまい
『あとがき』
久しぶりのKanonSSです。
最近はとらハSSばかり書いてましたが、やっぱり真琴ちゃんは良いですね♪
これからも、書き続けたいと思います。
では、何か少しでも心に感じるものがあれば、感想など下さいませ。
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2001年7月7日(土曜日…七夕)