幸せの時…番外編

『星に願いを…』

 

 

 

 

 

それは夕食後の事だった。

 

「そう言えば……明日は七夕ね……」

食後のお茶を啜りながら秋子さんが何気なく呟いた。

「あぅ? たなばた?」

真琴は聞きなれない単語だったのか、首を傾げている。

俺は壁に掛けられているカレンダーを見て日付を確認した。

確かに明日は7月7日だ。

だが俺は正直、七夕に何の興味も無かったので、特に感慨もなく答えた。

「言われてみれば、そうですね」

何事も無かったかのようにお茶に手を伸ばすと……。

「わっ、大変だよ。急いで仕度しなくちゃ!」

何故か名雪が大慌て……。

「大変って……名雪。 お前何慌ててるんだ? たかが七夕だろう?」

「たかがって……祐一………知らないの?」

名雪はキョトンと、心底意外そうに俺を見詰める。

「知らないって……七夕だろ? 織姫と彦星の……」

「うん♪ 織姫さんと彦星さんが、良い子にしてる子供達の願い事を叶えてくれる日なんだよ♪」

 

「………………………」

(何か違う……)

俺は半眼で秋子さんに視線を向ける。

「(ニッコリ)」

素敵な笑みを返されてしまった。

(………………)

どうやら水瀬家では、織姫と彦星は、サンタクロースと同義語らしい。

しかも名雪は信じきっているようだ。

俺はぽりぽりと頬を掻いて、まあ名雪の夢を壊すのもなんだしな……と思い、話しを合わせる事にした。

「……願い事……叶うといいな……」

「うん♪」

名雪は無邪気に微笑んだ。

 

 

***********************************************

 

 

「お姉ちゃん、今の話ホントなの?」

名雪の言葉を信じたのか、真琴は瞳を輝かせて聞いてきた。

「うん、本当だよ。 去年も一昨年もちゃーんと願いが叶ったんだから♪」

「(キラキラ)」

真琴の瞳の輝きが増した。

「ね…ねぇ、どうやればいいの?」

「えーとね、短冊……まあ紙に願い事を書いてね、笹の葉につるすんだよ。 そうすると紙に書いた願い事が叶うの」

「ふぅ〜ん、それだけでいいんだぁ」

「あっ、でもね……悪い子だと、願い事は叶わないんだって……」

そんな設定は無い……と俺は心の中でツッコミをいれる。

「なら真琴は安心ね♪」

「……………」

真琴は何の躊躇もなく言い切った。

ある意味、凄い奴である。

「………はぁ……幸せな奴…」

ため息と共に、からかうように言った俺の物言いに、真琴はむっと顔を顰めた。

「むっ…真琴は兎も角、祐一は絶対に無理ねっ! だって意地悪だもん」

「別に俺は意地悪じゃないぜ」

「うそ! いっつも真琴に意地悪ばっかり言ってるじゃないっ!」

「それは真琴にだけだって……俺は基本的に良い子だからな」

「…………っ…」

一瞬真琴の表情に悲しみがよぎる。

が、次の瞬間、真琴は顔を真っ赤にさせ怒鳴り出した。

「あぅっ! なんで真琴にだけ意地悪なのよぅーっ!」

「なんでって……そりゃーお前………」

あれ? そう言えばなんでだろう?

何気に考え込んだ俺に代わり、名雪が口を開く。

「ほら真琴ちゃん……よく言うじゃない……」

「あぅ?」

「好きな娘には、意地悪したくなるって言う……」

 

ぽかっ!

 

俺は速攻で名雪の額にチョップを入れた。

「うにゅ……祐一痛い……」

名雪は両手で額を押さえ、恨みがましい視線を俺に向ける。

「うるさいっ!」

俺は照れ隠しで名雪に怒鳴った。

そんな俺を、真琴はじっと見詰める。

 

(じぃーーーーーーーーっ)

 

「………………うっ…」

その視線に堪え切れず、俺は視線を逸らした。

「祐一。 えと…その……今のってホント?」

上目遣いで期待の篭った眼差し。

「…………」

「ねぇー、ホントーなのぉ?」

口調に甘えた響きが混じる。

「…………」

「ねぇねぇー。祐一ったらぁー」

「あー、もう…うるさい!うるさい! この話しはもう止めだ!」

俺は一方的に話しを打ちきった。

「えぇーーーっ、何で?」

「何ででもだ!」

「あぅーっ、祐一…横暴!!」

真琴があぅあぅと抗議するが、俺は取り合わない。

 

「祐一さん」

今まで俺達の会話を見守っていた秋子さんが静かに口を開く。

「…………もしかして照れてます?」

「あ、秋子さんまで……勘弁して下さいよ……」

「クスクス」

うー、このままじゃまずい……。

「……………そ、そういえば……」

俺は話題を変えるように、秋子さんに話し掛けた。

「七夕用の笹って、あるんですか?」

「笹? あぁ、それなら……」

秋子さんは立ち上がり、庭に面する引き戸の前まで来ると、カーテンを一気に開いた。

 

シャーーーーーーーッ!

 

庭の真中。

そこには1本の笹が植えられていた。

「この通り、ちゃんと用意してあるわよ」

「…………………あ、秋子さん……何時の間に……」

秋子さんは答える代りにニッコリ微笑むと、

「短冊も用意してありますから、みんなで願い事を書きましょうね♪」

予め用意してあったのか、七夕セットを取り出した。

 

 

***********************************************

 

 

縁側に場所を移し、みんなで並んで座る。

名雪は七夕セットの中から短冊を取り出すと、数枚抜き取り真琴に差し出した。

「はい、真琴ちゃん。これに願い事を書いてね」

「うん」

真琴は短冊を受け取ると、ペンを片手に願い事を考え始めた。

「あぅ…………何書こう? ねぇ、お姉ちゃん。 お姉ちゃんは何て書くのぉ?」

「私? 私はね、イチゴケーキを沢山食べられますように…だよ」

「いちごけーき?」

「うん、後は……明日の学校の帰りに、祐一がイチゴサンデーを奢ってくれますように…かな?」

「!?」

聞き捨てならない事を聞いてしまった。

「ちょっと待て、それは俺へのお願いなのか?」

「違うよー。 織姫さんと彦星さんへのお願いだよー」

名雪はしれっと答える。

「でも奢るのは俺なんだろ?」

「うん♪」

「却下だ!」

「わっ、祐一酷い」

「酷くない。 なんで俺が奢らなくちゃならないんだ」

俺は憮然とした表情で言ったのだが、名雪は気にも止めず楽しげに言った。

「だって、七夕だもん♪」

「………………(絶句)」

理由になっていない。

「じゃあ真琴も、祐一が明日の帰りに肉まんを奢ってくれますように……(かきかき)……っと♪」

おまけに真琴まで調子にのってしまった。

「…………お前ら、二人して俺にたかる気か?」

「いいの、だって七夕なんだからぁーっ♪」

真琴は名雪を真似て答える。

「そうそう、七夕だもんねー♪」

「…………………」

ふっ……お前達がその気なら、俺にも考えがあるぜ。

俺は二人に背を向けると、短冊にペンを走らせた。

 

(……かきかき……)

 

「ん?」

「あぅ?」

二人は互いに顔を見合わせて首を傾げると、

「祐一……なに書いてるの?」

肩口から俺の手元を覗きこむ。

「ん? えーと……この地上から……………」

「……肉まんと……イチゴサンデーを………」

不意に読み上げる口が止まる。

「!?」

「!?」

二人は固まった。

 

その短冊にはこう書かれていた。

 

 

 『この地上から、肉まんとイチゴサンデーを消滅させて下さい……』

 

 

俺は固まってる二人の間をすり抜け庭に出ると、二人が届かない位置の笹を選んで短冊を結んだ。

「あぅ!?」

「わっ!?」

ようやく硬直から解けた二人は、大慌てで庭へと飛び出した。

そして俺の結んだ短冊に必死に手を伸ばす。

「あぅーっ、お姉ちゃんー、届かないよぅ」

「ま、真琴ちゃん、じゃんぷだよ」

「う、うん……。 あぅぅぅーーーーーっ! あぅぅぅーーーーーーーっ!」

気合いの抜ける掛け声で、ぴょんぴょん飛び跳ねる真琴。

「真琴ちゃん、ふぁいと…だよ」

「ダ、ダメ……届かない……」

 

 

 

俺は縁側に腰を下ろし、二人の慌てぶりを見て一息つく。

「祐一さん、あまり苛めないであげて下さいね」

「あっ、すいません……つい……」

俺は秋子さんに頭を下げる。

……と、ふと目に付いたものが……。

「秋子さん、それ……」

 

「ん……あぁーこれですか? これはですね、私の願い事……」

そう言うと、秋子さんはオレに短冊を見せてくれた。

そこには……。

 

 『いつまでも、みんなで仲良く暮らせますように……』

 

と、書かれていた。

「……みんなで仲良く…ですか……」

「はい」

俺は相変わらずぴょんぴょん飛び跳ねている真琴と名雪を見る。

「あぅーーーっ! 肉まんーーーーっ!」
「うにゅーーっ! イチゴサンデーっ!」

「…………………そうですね………俺も……そう思いますよ……」

 

俺は静かに夜空を見上げ、星に願った。

いつまでも、みんなで仲良く暮らせますように……と。

 

 

「あぅーーーっ! 肉まんーーーーっ!」
「うにゅーーっ! イチゴサンデーっ!」

 

 

 

    おしまい

 

 

 

 

 

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『あとがき』

久しぶりのKanonSSです。

最近はとらハSSばかり書いてましたが、やっぱり真琴ちゃんは良いですね♪

これからも、書き続けたいと思います。

 

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2001年7月7日(土曜日…七夕)