キィー・・・

 キィー・・・

「・・・遅い・・・」

 俺は此処で2時間も人を待っている。

 まあ、その内1時間は早く来すぎた俺に非があるとしても・・・。

 向こうが1時間も遅刻していると言う事には代わりが無い。

 キィー・・・

 キィー・・・

「・・・熱い・・・遅い・・・」

 無遠慮に照りつける真夏の太陽が恨めしい。

 異常気象とか何とかで今日の最高気温は39℃。

 暑いと言うより、むしろ熱い。

 蝉の声が暑さにより拍車をかける。

「コレは・・・『また』迷子になってるな」

 はぁ、と溜息をつき、待ち人を探す為にブランコから腰を上げ・・・・

 ガシッ!

「!?」

 上げられなかった。

 丁度中腰の体勢の時にいきなり背中に加重がかかる。

 人の温もり・・・と言えば聞こえは良いが、

 熱い。兎に角熱い。

「ぐわーーーッ!離せ!澪ッ!!」

 俺は遠心力を利用して、背中の待ち人を振り払った。


暑中お見舞い記念SS
りとる・まぁめいど

『浩平さんが捨てたの』(えぐえぐ)

「人聞きの悪い事言うな!それにこのクソ暑い中いきなり抱き付かれたら誰だって振り払う!」

『でも、最近逢えなくて淋しかったの』

「それは・・・俺もそうだけどな・・・」

 俺が『永遠』から帰還して4ヶ月あまり・・・。

 澪は高校3年生で受験生。

 さらには演劇部の部長さんなので時間があまり取れない。

 かく言う俺はヒゲの大らかさ(=いい加減さ)の御陰で卒業は出来た。

 ・・・出来たのだが、勿論受験もしていないので行ける大学はゼロ。

 晴れて浪人生の身分に甘んじていたのだ。

 そんな無い時間を裂いた貴重なデート。

 逢えて嬉しいと言う気持ちは俺もわかる。

 俺も同じ気持ちだからだ。

「でもな・・・」

『・・・』(うんうん)

「暑いものは暑いんだよ!」

『それは澪の愛の熱さなの』(ポッ)

「・・・・言ってて恥かしくないか?」

『素で聞かないでほしいの。恥かしいの』(えぐえぐ)

 俺は一つ溜息をつき・・・。

「まあいいや。今日は何処行く?」

『百花屋でパフェ食べるの』

 どうやら既に書いてあったらしい。

 スケブのページをめくるだけで俺の問いの答が帰ってきた。

「・・・またか?」

『パフェさん、美味しいの♪』

「まあ、不味くは無いが・・・デートの度に行ってないか?」

『早く行くの♪』

 俺の言葉を無視するかのように、澪は小走りに公園の出口に向かう。

「・・・ま、しょうがないか」

 俺は苦笑して澪の後を追った。





「いらっしゃいませぇ〜♪」

 百花屋の扉をくぐると、マスターの奥さんの声が俺達を出迎えてくれた。

 はぁ〜。しっかし・・・奥さん、胸大きいな〜・・・。

 ムギュッ!

『浩平さん、えっちなの!浮気者なの!女の敵なの!極悪人なの!』

 ・・・嫉妬に狂った澪に足を踏まれてしまった。

 つーか、一寸見惚れていただけで何故に此処まで言われなくちゃならんのだ?

「女心は複雑だって事だよ」

「ああ、マスター・・・脅かさんでくれよ」

 俺に声をかけてきたのは此処のマスター。

 デートの度に此処に来るので今ではすっかり顔なじみで、色々と贔屓にしてもらっている。

「それよりな、浩平。新メニュー試して欲しいんだが・・・」

 そう、そして顔馴染のよしみでよく新メニューの毒見をさせられるのだ。

 まあ、タダで上手いもん食べさせて貰えるのは嬉しいんだけどな・・・。

「・・・今回はどっちだ?」

「・・・残念ながら、名雪のほうだ」

 名雪というのはマスター・・・相沢祐一さんの奥さんのことだ。

 マスターも名雪さんも料理は上手いのだが・・・。

「・・・また、『赤い』のか?」

「ああ、すまないが今だかつて無い位に、赤い」

 俺とマスターは同時に溜息をつく。

「はぁ・・・・まあ良いや。それじゃあ、それ頼むわ・・・。澪は如何する?」

『浩平さんと一緒のが良いの』

「んじゃマスター、新作2つ頼む」

「・・・すまんな、浩平」



 ドン

「お待たせしました〜♪『名雪スペシャル・すとろべり〜MAX』二つで〜す♪」

 コ・・・コレは何と言おうか・・・。 

『赤いの』

「ああ、赤いな・・・」

 兎に角赤かった。

 取りあえず赤かった。

 まごう事無く赤かった。

 苺のアイスをベースに、苺のシロップ、ジャム、クリームにムース・・・。

 考えられるありとあらゆる苺尽くし。

 『すとろべり〜MAX』の名に偽りなし。

「と、取りあえず喰うか・・・」

『いただきますなの♪』

 俺と澪は赤い死神を攻略し始めた・・・。



「ご、ごちそうさま・・・」

 もう暫くは苺は見たくねぇ・・・。

『・・・』(はぅ〜)

 テーブルの向こう側で澪も見事に討ち死にしている。

 が、容器は空。

 何とか相打ちには持ち込めたようだ。

「おつかれさん」

 そう言って声をかけてくれたのはマスターだった。

「マスター・・・『コレ』メニューに加えるのは見直したほうが良い・・・」

「あ、やっぱりお前もそう思うか?」

「やっぱりって事は・・・知ってて出したな」

 俺は思わずマスターを睨みつけた。

「そう睨むなって。甘党のお前なら大丈夫だと思ったんだよ」

「甘党でもキツイって・・・もう暫く苺は見たくねぇ・・・」

 そう言うと、俺も澪みたいにテーブルに突っ伏した。

「ははは・・・まあ、コレやるから機嫌直せよ」

 そう言うとマスターは2枚の紙切れを取り出した。

「あん?なんだこりゃ?」

「隆山の高級旅館鶴来屋の宿泊券。2泊3日・3食お食事つきだ」

 確かにその紙切れ・・・もとい、宿泊券には『おこしやす♪隆山・鶴来屋』と書いてあった。

 ・・・何故京都弁?

「何でこんなもんマスターが持ってんだ?」

「俺のお義母さんがココの会長の友達でな、貰ってきたらしい」

「ふ〜ん・・・でも良いのか?」

「ああ、俺も名雪も此処を動けないからな。それにあの辺りは海が綺麗だから泳ぐのにも最適だぞ」

「海か・・・いいな。そんじゃ、遠慮無く貰ってくぞ」

「おお、俺達の分まで楽しんで来てくれ」

「OK土産楽しみにしてろよ!・・・・ホレ、澪。行くぞ」

『了解なの〜』

 俺と澪は宿泊券をゲットして百花屋を出た。



「さて澪、さっきの話は聞いていたな?」

『・・・・・』(うんうん)

「一応聞いておくが・・・予定は大丈夫か?」

『大丈夫なの!部活は部長権限で休みなの!両親は浩平さんの事信用してるから平気なの』

 ・・・職権乱用だ。

「それじゃあ・・・明後日の朝8時に駅前集合で良いな?」

『OKなの♪楽しみなの♪』

 澪は体全体で喜びを表現する。

 言葉を持たないこの娘のコレが精一杯の意思疎通。

 でも俺には眼を見れば澪のことは大抵分る。

 澪の言葉を借りるならコレが『愛』なんだろうな。

 もしかしたら『絆』と言い換えてもいいのかもしれない。

 ふと、そんな事を考えてみた・・・。





 ガタンゴトン・・・

 くー・・・くー・・・

 電車に揺られながら、澪は俺の肩に頭を預け眠っている。

 本人曰く『昨日は楽しみで寝られなかったの』らしい。

 澪の髪を弄ぶ。

 サラサラと、俺の指の間から逃げていく澪の髪。

 ゆっくりと、優しく・・・。

 サラサラと・・・サラサラと・・・。

 飽きる事無く澪の髪を梳かしていく。

 サラサラと・・・サラサラと・・・。

『・・・・』(うにゅ?)

「ん?ああ、起きたのか、澪。もう直ぐ着くぞ」

 澪は髪を撫でる俺の手を取り頬擦りする。 

『浩平さんの手、温かいの』

 俺も澪の手を取り、指先に口付ける。

「ああ、澪も・・・暖かいよ」

『とっても幸せなの』

「ああ、俺もだよ」

 トンネルに入った。

 ほんの一瞬だけ、触れるだけの、でも、甘いキス。

 澪はふにゃ〜と、蕩けている。

 そして、トンネルと抜けた・・・。





『いらっしゃいませ〜♪鶴来屋へようこそ〜♪』×沢山

「うお!」

 俺達は鶴来屋の前に来ている・・・のだが

『大きいの・・・』

 そう、兎に角でかいのだ。

 さらにこの従業員の数。

 見るからに豪華そうなシャンデリアや絨毯・・・。

 俺達はかなり場違いのような気がした。

 ・・・が、此処まで来てはどうしようもない。

 覚悟を決めるとしよう。

 ・・・覚悟完了。(1秒)

 俺は切り替えは早いほうなのだ。

「すみません。予約していた折原ですが・・・」

「はい。少々お待ちください。・・・・・はい、承っております。それでは係の者に案内させますので」

「あ、ども」



 俺達が案内されたのは7階にある見晴らしの良い部屋だった。

「此処が折原様の『耀駆の間』でございます。どうぞお寛ぎ下さい」

 『よーくのま?』・・・変な名前だな・・・。

『凄いの!綺麗なの!』

 確かに、窓を開ければ海が一望できる。

「こりゃ、マスターに感謝だな」

『・・・・』(うんうん)

「で、これから如何する?」

『海行きたいの』

 間髪入れずに澪の答が帰ってくる。

「おし!それじゃあ、海に行くか」

『・・・・』(わーい)





「・・・・暑ぃ・・・」

 絶好の海日和だな!?コンチクショウッ!!←ヤケ

 砂が熱くて裸足で歩けん。

 俺は砂浜に設置したパラソルの下、着てきた半袖と半ズボンを脱ぐだけで着替え完了。

 ・・・全裸って意味じゃないぞ。鶴来屋で水着を着てきた、って意味だからな。

 澪が迷わないようにボケーっと待つ。

 タッタッタ・・・だきッ!

 後ろから誰かに抱きつかれた。

 と言っても振り向かずとも誰かは分る。

 このお馴染みの薄い胸の感触は・・・。

「如何したんだ、澪?」

 といって振り向く俺。

 !!!

『お待たせなの♪』

 そこに居たのは間違いなく、スケブ(防水加工か?)を持った澪だったんだが・・・。

「す・・・すくーるみずぎ・・・」

 俺はぼーぜんと呟いた。

 そう!

 小さな俺の恋人がその身に纏っていたのは、間違いなく『スクール水着』!!

 マニアなら『すくぅるみじゅぎ』を表すのが正しい。

 しかもご丁寧な事に胸元には『3−4陣内美緒上月澪』と書かれた名札付き。

 コレで萌えない漢が何処に居るだろうか!?

『あんまり見詰ちゃ恥かしいの・・・』(ポッ)

 お・・・おお・・・おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・・

 AH! MY GODDESS!(ああっ女神様っ)

 ありがとう!

 誰に何の為に言うのかは自分でも分らんが、兎に角ありがとう!

 そして、おめでとう!おめでとう、俺!!

 恥らう姿が俺のハートにクリーンヒット!!

 クッ・・・このツボを突きまくったコンボ・・・。

 我が恋人ながら恐るべし・・・。

『ど、どうしたの?』

「あ、いや・・・色々あるが、なんでもない」

 気付くと俺の頬に熱い雫が流れていた。

 どうやら無意識の内に感涙に噎び泣いていたようである。

 これぞまさに男・・・否、漢泣き!

『??』

「まあ、折角だから目一杯遊ぼうな」

』(うんうん)





「・・・・・・」

 ごろん。

「・・・・・・」

 ごろん。

 ・・・・眠れない。

 身体は疲れ切っている筈なのに、(ココロ)が昂揚して眠れない。

 時間は・・・午前一時。

 良い子も悪い子も寝ている時間だ。

 ガサガサ・・・

「澪・・・眠れないのか?」

『・・・・』(うん)

 手を伸ばして隣で寝ている澪の頬を撫でる。

『・・・・・』(はにゃ〜ん)

「・・・・散歩にでも行こうか?」

『・・・・?』

「月が・・・綺麗だから、さ・・・・」

『・・・・』(うん)

 俺達は着替えて部屋を後にした・・・。





 ザザーン・・・ザザーン・・・・

 サクサク・・・サクサク・・・・

 寄せては返す波の音を聞きながら、俺と澪は無言のまま砂浜に歩を進める。

 夜の海は静かで、波の音だけが響く。

 月の光が・・・俺達を照らし出す。

 まるで世界中に俺達しか居ない・・・そんな錯覚に囚われる。

 ふと、澪の手と俺の手が触れ合う。

 指を絡め、手を握る。

 澪は俺に向かって微笑む。

 何時もの天真爛漫な笑顔ではなく、優しい、限りなく優しい母性的な微笑。

 微笑む澪が月明かりに照らせれて・・・。

 なんだか・・・とても綺麗で・・・。

 でも、どこか儚げで・・・・。

 まるでこのまま澪が溶けて消えてしまうんじゃないか・・・。

 ありえない事だけど・・・そんな錯覚に・・・囚われた。

 人魚姫・・・。

 己の声を引き換えに、人間の姿を手に入れ、束の間の幸せの中で泡となって消える・・・。

 何故、今その話が頭に浮かんだのだろう?

 澪と人魚姫を重ねている?

 月と潮の魔力で俺は狂ってしまったのかも知れない。

「澪・・・。澪は俺の傍にいるよな?」

 聞かずにいられない。

 情けない話だが、聞けずに居たら俺は本当に狂ってしまう。

 澪は俺を抱き寄せて、抱き締めてくれた。

 小さな身体で一生懸命。

 澪が俺から離れないように・・・。

 俺が・・・澪から離れないように・・・。

 そうだ。俺も澪も此処に居る。

 何も、不安なんか、無いはずなのに・・・。

 お互いに見詰あう。

 澪の瞳には俺が居て・・・

 多分、俺の瞳には澪が居る。

 今は、それで十分。

 自然に顔が近づき・・・唇が近づき・・・

 そして口付け。

 何度も何度も・・・口付ける。

 ただ、触れ合うだけのキスから、求め合うようなキスへ・・・。

 ただ俺は澪を求めた。

 今夜は月が、眩しすぎる。

 そんな事を考えながら・・・。


【痕書きもどき】

暑中お見舞い申し上げますぅ〜♪

禍音帝國皇帝・最狂の破壊神禍音様ですよ〜。

今回のヒロインは澪ちゃんです。

健気に頑張る澪ちゃんを見て、堕ちた方も多いんじゃないでしょうか?(笑)

私内部でも澪ちゃんはかなり上位にランクされています。

私のSSを読んで何かを感じてくだされば、とても嬉しいです。

それでは最後に・・・ここまで読んで下さった方に、大感謝



世界中の皆様に、禍音より愛を込めて

     




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