とらハ2SS 

『さざなみ寮の夕食』  
          By た〜な

 

 

 

 

「いただきま〜す♪」

 

さざなみ寮の夕食。

みんなで手を合わせて、食事が始まった。

今日の夕食はカレー。

食卓を囲むのは6人だ。

俺、愛さん、真雪さんに知佳、美緒…そして十六夜さんが刀身のままで、普段、薫が座っている席に立てかけられていた。

薫は残念な事に、部活で遅くなるらしい…。

 

(じ〜〜〜〜〜〜〜〜っ)

 

俺は自分のお皿に手を付けずに様子を伺う。

みんなの反応は直に現れた。

「おぉ〜、美味しいのだ〜」

「あら、ホント」

「お兄ちゃん、今日のカレーとっても美味しいよ♪」

概ね好評のようだ……。

「まあ俺の自信作だからな」

少し得意げに答える。

「確かにいける……だけど、あたしとしては、もう少し辛目の方が良かったかな」

真雪さんがそう言うだろうとは予想済み。 その点抜かりは無かった。

「辛党の方は、これをどうぞ」

サッっと卓上の調味料いれから、用意してあった辛味調味料を取り出す。

「なんだ、あるなら最初から入れといてくれればいいのに…」

真雪さんは調味料を受け取ると…。

振りかける…振りかける…振りかける……(以下略)

(お水の用意、しておいた方が良いかもな…)

「ま、真雪さん、それ…掛けすぎですよ〜」

「何言ってんだ、この位普通だって……愛のにも掛けてやるよ。 ほれっ」

サッっと振りかける。

「えっ!? わ、私……辛いのはちょっと……」

「いいから、いいから」

サッ…サッ…サッ……

調子に乗った真雪さんは、愛さんの静止も聞かずに振りかけ続ける。

「う〜、辛いのダメなのに……」

愛さんは、お皿を見詰めて困った顔。

ちょっと気の毒だな……。

「愛さん、良かったら……俺のと取り替えましょうか?」

「え? でも……」

「俺、辛いのは大丈夫な方ですから、構いませんよ」

「う〜ん…………じゃあ…お願いしちゃいます」

愛さんの皿と俺の皿を取りかえる。

よく見ると、お皿の上にはうっすらと粉が積もっていた。

流石にちょっとヤバイかもな……額に汗が一筋垂れる。

「耕介、残さず食えよ」

真雪さんは、イタズラッ子のように、にたにた笑うと、

更に、サッっと一振り、調味料を振りかけた。

(う〜、苛めっ子だ…)

 

 

 

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……食事中……

額に流れる汗。

左手には水の入ったコップ。

俺は、超激辛カレーと戦っていた。

愛さんは、申し訳なさそうに俺を見ていたが、

「ん?」

一言呟くと、表情が険しくなる。

(なんだろう?)

俺も愛さんの視線をたどってみた。

視線の先…………………そこには、こそこそとニンジンをよけている美緒がいた。

「こらっ、美緒ちゃん。 ダメでしょ〜、好き嫌いしちゃ!」

普段のんびりした性格の愛さんだが、この寮では美緒の母親代わり。

しつけ面では結構厳しかった。

「う〜、ニンジンなんて食べなくても大丈夫なのだっ!」

それは住人の健康面を預かる身としては、聞き捨てならないな。

「しっかり食べないと、大きくなれないぞ」

「別に私は今のままで十分なのだ。 だからニンジンはちかぼ〜に上げるのだ」

サッっと、スプーンですくうと、知佳のお皿に乗っける。

「わ、私も別に好きじゃないよ〜。 はい、返すね♪」

ニンジンが美緒のお皿に戻って来た。

「う〜意地悪なのだ……………ん? あぁ〜〜〜〜〜っ!!」

美緒は大きな声をあげると、知佳を睨み付ける。

「1個増えてる〜っ!! ちかぼ〜、卑怯なのだ!!」

「そ、そんな事無いよ……美緒ちゃんの見間違いじゃないの?」

「絶対増えてるのだっ!!」

自信を持って言い切る。

「あぁ〜もう、うるさいなっ!! ニンジンなんか、私が食ってやるよ」

真雪さんはそう云うと、ニンジンをスプーンですくい、パクッっと口に放り込んだ。

「おぉー。 ありがとうなのだ」

「真雪さん、あんたが食べちゃ意味がないでしょう!」

「うるさいっ、神咲じゃあるまいし、人が何食おうが放っとけばいいだろっ!」

「そうは言っても、やっぱり成長期の栄養バランスとか……」

「だぁ〜〜〜っ! そんな細かい事考えなくても、子供はちゃんと育つんもんだ。 見ろ、この知佳を……

こんな私に育てられても立派に育ってるじゃないか……」

知佳に視線が集中する。

「うぅぅ……私、立派……」

何故か羽を出して、パタパタと揺らした。

俺と愛さんは、視線を交わし頷く。

「余り参考にならないケースだな……」

「そうですね……」

「……お兄ちゃん、愛お姉ちゃん…二人とも酷い……よょょ…」

知佳は、しなを作って、ゆっくりと床に崩れ落ちる。

 

「まあ今度からは、美緒でも食べれるように、細かく刻んでおく事にしますよ」

「そうですね…まずはそこから始めましょうか。 美緒ちゃん、今日だけだからね」

愛さんのお許しに、美緒は渋々頷いた。

「う〜、わかったのだ……」

 

 

 

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食事再開。

「でも……美緒ちゃん、良かったね」

「なにが?」

「だって、薫さんが居たら、無理やりにでも食べさせられてたよ…きっと」

「う〜、確かに薫ならやりかねないのだ…」

その時……。

ふわっと、十六夜さんが実体化した。

「そうとは限りませんよ……」

みんな馴れたもので、驚くものは居なかった。

「えっ? だって、あの薫さんですよ? きっと……」

知佳はきゅっと眉を寄せ、

「 『陣内! 好き嫌いなんかするんじゃなかっ!』  とか言って、美緒ちゃんを追い駆けまわしてると思いますけど…」

器用に薫の真似をして見せる。

「いえいえ、実は薫も……以前はニンジンが大嫌いだったものですから……美緒さまのお気持ちも分かってくれるものかと……」

「おぉ〜〜〜っ、薫も仲間なのだ〜」

あの薫が好き嫌い?

ちょっと俺の中のイメージに会わないな…。

「あっ! でも、薫……前に煮物出した時は、ニンジンもちゃんと食べてましたよ」

「はい、ある事が切っ掛けで、今ではちゃんと、食べられるようになりましたから」

 

『 ある事? 』

 

一同、首を傾げる。

「面白そう……十六夜さん、話してよ。 その時の事…」

「……ですが、薫に口止めをされていますので……」

「そこを何とか……ねっ、お願い」

真雪さんが手を合わせ拝み倒す。

「ほらっ、耕介もお願いしろよ」

「いや、しかし…薫が口止めした事を聞き出すのは悪い気がするからなぁ…」

「…………」

真雪さんは無言で俺の耳をぐいっと掴むと、耳元に口を寄せる。

「(ぼそぼそ)耕介…………神咲の過去……知りたく無いのか…」

「!?」

「耕介さん…もしかしたら、好き嫌いを直す秘策が見つかるかもしれませんよ」

「……………………………………ま、まあ、愛さんまでがそう言うのなら……」

俺は仕方が無いと云う風を装い答える。

「あぁ〜、素直じゃ無いね〜。 この管理人は……」

「う、うるさいです…真雪さん…」

照れ隠しで真雪さんに一言怒鳴ると、俺は十六夜さんにお願いしてみた。

「え〜と、十六夜さん……その、良かったら話して貰えますか?」

「はい……耕介さまがそう言われるのでしたら……」

十六夜さんは居住まいを正すと、静かに語り始めた。

 

「……あれは……確か、薫が10歳になった頃の事でした…」

 

 

 

 

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「薫姉……ニンジン3個と、はんばぁ〜ぐ1個な…」

「……………ニンジン5個…その代わり、今日の道場の掃除、変わるから……」

「了解」

その日、薫と和真は妖しげな会話を交わしておりました。

「薫……今のは何の話しですか?」

「十六夜には関係なか」

「………」

この頃の薫は、私に対して何かと反発して困ったものでした。

 

 

「反抗期だな」

真雪さんは即断定。

「はは……薫さんの反抗期って、何か怖い気がするね」

他人事のように話す知佳に、すかさず真雪さんのツッコミが入る。

「知佳…………お前…今、自分の事を棚に上げただろう……」

「えっ、べ…別に、そういう訳じゃ……」

「神咲の反抗期もお前のに比べれば可愛いもんだぞ」

「うぅぅ……おねえちゃん……古傷を……」

知佳は両手で胸を押さえ込む。

「十六夜さんも大変だったでしょう……反抗期のガキのお守りは……」

「いえいえ……私も薫の態度に、少しは寂しい思いをいたしましたが……今思うと、

薫のあの強がる仕草がまた……なんとも可愛らしく思えて……」

十六夜さんは昔を思い出し優しく微笑む。

「…………まあ、分る気がします…」

真雪さんはポンッと知佳の頭に手を乗せて、ぐりぐり…と撫でる。

十六夜さんは微かに頬を緩め、お話を続けた…。

 

 

まあ、そう言う訳で私が悲しそうな顔をしていますと、

クイクイ

和真が私の袖を引き、耳元に顔を寄せてきました。

「十六夜……あのね。 薫姉、ニンジンが嫌いだから、はんばぁ〜ぐと交換したんだよ」

「まあ」

「和真! 告げ口とは、男らしくなかよ」

キッっと、睨み付けるが和真は意に介さない。

「薫姉の好き嫌いの方がいけない事だと思うけどなぁ〜」

「くっ」

薫は唇を噛み締める。

「薫……好き嫌いはいけませんよ…」

「ニンジン以外の物はちゃんと食べてるからよか」

「それを好き嫌いと言うのです」

「………………」

薫は不貞腐れて、ぷいっ……っとそっぽを向いてしまいました。

(仕方がありませんね……)

私は奥の手を使う事に致しました。

「薫……あまり好き嫌いばかりしてると………もったいないオバケが出ますよ?」

「もったいないオバケ?」

「はい、とても恐ろしい妖怪です」

薫は少し呆れ顔。

「十六夜…………そんな嘘に騙されるほどウチは子供じゃなかよ」

そこで一層声に雰囲気を出してみました。

 

「聞くところによると……

    霊能力のある幼子を好んで食すそうです…」

 

「……ウ、ウチは信じないよ…」

薫の声に、わずかばかりの動揺が見えてきました。

もう一息……。

「今の薫の実力では、パクッっと頭から一飲みにされますよ」

「…………も、問題なか」

 

クイクイ

又もや和真が私の袖を引いてきました。

「和真、どうかしましたか?」

「ねぇ、十六夜……ボクも食べられちゃうのかなぁ?」

不安げな声。

「いえいえ、大丈夫ですよ。 和真は好き嫌いしない”良い子”ですから……」

「ほっ……良かった。 あっ!?」

和真は何かに思い当たり、薫の事を心配そうに見詰める。

 

「ウチは信じんよ。 そんな戯言」

あくまで強気な薫。

「全く…しょうがない子ですね……夜、ひとりで厠へ行けなくなっても知りませんよ」

「えっ、い…十六夜………一緒に行ってくれないの?」

 

 

「あっ、薫…可愛い」

俺は思わず声を漏らしてしまった。

「確かに……今の神咲からは、想像も出来んな…」

十六夜さんは俺達の感想に嬉しそうに顔を綻ばせる。

「薫は昔から甘えるのが苦手な子でしたから……ですから時折見せるこう言う反応が、とても可愛いらしくて……」

本当に薫の事が可愛くてしょうがないと言う思いが、ひしひしと伝わってくる。

「それで、その夜の事です……」

十六夜さんはお話を再開させた。

 

 

 

「十六夜……起きてる?」

深夜……目を覚ました薫が呼び掛けて来ました。

「はい、なんです?」

「…………(もじもじ)」

「?」

「…………(もじもじもじ)」

「???」

じっと待っては見たものの、一向に次の言葉が出てきません。

「……薫?」

私の方からの問いかけに、薫はようやく口を開きました。

「十六夜…………その………」

一度口を閉じ逡巡した後、思い切って口にしたのは…。

「………………一緒に来て?」

「はい? こんな夜中にいったい何処に行くつもりです?」

「……………………………トイレ……」

真っ赤になって呟く。

「………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………

 ……………………………………………………………クス……」

「わ、笑うな(真っ赤)」

「あらあら、どうしたのですか? まるで幼子のような事を……」

「…………………」

薫は再び口を閉ざしてしまいましたが、予想はつきました。

「……やはり、もったいないオバケの事が……」

「オ、オバケは関係なかっ!!」

「では一体どうして……?」

「………………………………もう良い。 寝るっ!!」

そう言うなり頭から布団を被ってしまいました。

「薫、おトイレは良いの?」

「よかっ」

「………」

その夜はそれっきり口を聞いてはくれませんでした……。

 

 

 

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「ふ〜ん……で、薫はその後どうなったんですか?」

俺の問いかけに、十六夜さんはその時の事を思い出したのか、

大きな溜息を1つ……。

「はい、翌朝薫は…………オネショしてしまいました……」

 

 

(し〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん)

 

 

「ぷっ…くっ…くくっ……わぁ〜〜〜〜〜〜〜っははははは〜っ!」

一瞬の静寂の後、食堂に笑いが響き渡る。

「神咲が…あの神咲が、お……おねしょ〜…」

真雪さんは遠慮なく笑い飛ばす。

「お、お姉ちゃん……笑っちゃ悪いよ〜」

そう言いつつも知佳の顔も笑っていた。

「そうですよ……笑っちゃ……ぷっ……悪い…です…よ……ぷぷっ……」

愛さんも口に手を当てて必死に笑いを堪えていた。

十六夜さんはみんなの様子を見回して口をひらく。

「あの時も、今のみなさんのように和真に大笑いされて………それからです。

こんな恥ずかしい想いをする位ならと、好き嫌いが無くなったのは……」

 

 

 

その時、玄関の方から声が響く。

「ただいま〜」

薫の声だ。

廊下を歩いてくる音が聞こえ、食堂の入り口に薫の姿が見えた。

「ただいま戻りました」

いつものように挨拶を交わす薫。

だが、返答は無かった。

「あ、あれ? みんなどうかしたとですか?」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

尚も返答が無い。

薫は訝しげな表情を浮かべ俺に視線を送る。

「耕介さん……みんな、何か様子が変ですよ」

「ぷっ…………」

俺は必死に笑いを堪え、薫から視線を逸らす。

「??? 愛さん、知佳ちゃん……」

「………くっ……」

「……ぷっ…くくっ……」

みんな必死に笑いを噛み殺す。

薫は顔に疑問符を浮かべながら、十六夜さんに問いただす。

「十六夜、一体何があったと?」

「それが……」

よせば良いのに十六夜さんは、薫に今までの事を全て話してしまった。

     ・

     ・

     ・

みるみる薫の顔が真っ赤に染まっていく。

「薫……顔が赤いですよ、熱でもあるのでは……」

十六夜さんが薫の額に手を伸ばすが振り払われる。

「……薫?」

薫の全身から殺気のようなものが溢れ出る。

 

「い〜ざ〜よ〜い〜〜〜っ!!(怒)」

 

その迫力に十六夜さんは後ずさる。

「か、薫……落ち着いて……」

 

「これが落ち着いて

        いられるかぁ〜っ!!」

 

薫は部活で使用している竹刀を振り上げた。

「薫……冷静に……ね…」

「…………………………」

だが既にキレている薫には何も聞こえてはいなかった。

「ふっ……十六夜……………………………そこになおれ〜っ!!」

気合い一線、薫は竹刀を振り下ろし十六夜さんを追い掛け回し始めた。

「か…薫!?」

十六夜さんは食堂を飛び出しニ階へと退避……。

薫もその後に続いた。

「十六夜!! 待たんとね〜っ!!」

 

        ・

        ・

        ・

        ・

 

食堂に取り残された俺達は、呆然としていた。

二階からは時々、十六夜さんの制止の声と物が壊される音が聞こえてくる。

「あ〜あ、神咲の奴……派手にやってるなぁ〜」

真雪さんは既に他人事と決め込んでいた。

「真雪さん、薫を止めてくれませんか?」

「私が? 無理無理、普段なら兎も角、あんなキレた状態の神咲じゃ、

手加減なんてしてられないからな。 まじで命の取り合いになっちゃうよ…」

真雪さん程の実力者でも無理なのか……。

確かに、今のキレた薫の前に出ると云う事は死を意味するからな…。

 

(すいません、十六夜さん……どうか無事に逃げきって下さい…)

 

俺は心の底からそう願った。

 

 

 

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二階の喧騒をよそに、愛さんの袖が引かれる。

クイクイ

「ん? 何…美緒ちゃん?」

美緒は今にも泣き出しそうな顔で愛さんを見詰める。

「愛………どうしよう……ウチにも来るかなぁ〜? ……もったいないオバケ……」

美緒は十六夜さんのお話を信じ切っていた。

どうりで途中から大人しかったはずだ……。

「はははっ……美緒。 もったいないオバケと云うのはな、実際には……」

「耕介さんっ!!」

説明しようとした俺を、愛さんが首を振って制する。

(なんだろう?) 

「…………………………………………あっ…そうか!」

俺も愛さんの意図に気付いた。

二人の間に瞬時にアイコンタクトが交わされる。

「あぁ〜……つまりだ、もったいないオバケと云うのはな、実際に……存在する

怖〜いオバケだから、気を付けないといけないな……」

「そうよ美緒ちゃん……好き嫌いばかりしてると、ホントに来るかもよ」

美緒は目に涙を浮かべて頷いた。

「わ、わかったのだ……もう好き嫌いはしないのだ……」

必死の形相。

この分なら、時期に…ニンジンも食べれるようになるだろうな。

兎に角、一件落着だ……。

俺は二階の喧騒を無かった事にして、そう締めくくった。

 

 

おしまい

 

 

 

※ このSSは、以前『SSかぁ〜にぼぉ〜♪』に参加した時の作品に、多少修正・追加を加えたものです。