「私ね……イレインを修復しようと思ってるの……」
月村邸の忍の部屋。
床にクッションを敷き、三人で囲んでお茶をしてる時の事だった。
「えぇーーーーっ、そ、それって危険じゃないんですか?」
神咲さんが驚いて大きな声をあげる。
無理も無い、正直俺もかなり驚いていた。
「……本気なのか?」
「うん。 私……あれから色々と考えてみたの……」
忍は真面目な顔で話し出す。
「確かに、ノエルをあんな目に合わせた相手だもん……最初は憎いって思ってたよ。
でもね……今は、可哀想……って思ってる……」
「可哀想…ですか?」
神咲さんが首を傾げる。
「うん。 あの時……あの子は起動して間も無い初期状態だった……。人間で言えば、
まだ生まれたての子供みたいなものだよ」
「そうなのか? でも予めデータとか…」
忍は首を振る。
「情報と感情は別物だよ。 あの子は只、良い事と悪い事の区別がついていないだけ……
私達を殺そうとしたのも、自分を束縛するものから逃れたかっただけだと思う……」
「あの……」
神咲さんがおずおずと手を上げる。
「じゃあ…ちゃんと悪い事はダメ…って教えてあげれば、イレインさんは……」
「うん。 ノエルのように優しい心を持てるはずだよ」
そう言うと、忍はノエルの眠る部屋を寂しそうに見詰める。
「だって……だってあの子は、ノエルの妹だもん……」
「…………」
「…………」
俺と神咲さんは、互いに顔を見合わせると頷いた。
「………わかった……俺も協力させてもらうよ。 子供のしつけは、ウチので慣れてるからな」
「私も及ばずながら、協力させて戴きますね」
忍の顔に笑みが浮かぶ。
「ありがとう。 恭也、那美」
「あっ、でも武装だけは外しておいてくれよ。 後、出きればパワーは控えめに……」
俺の言葉に忍は考え込む。
「う〜ん…………………ロケットパンチは譲れないけど、他の武装は全部外しちゃうよ」
「…………」
「あのぉ〜、何故にロケットパンチだけ?」
「それがお約束ってもんだよ♪」
「お、お約束……ですか……」
「…………」
そして、数ヶ月の月日が流れた。
とらハ3SS
『イレインとひなたぼっこ』
By 神風さん&た〜な
西町の八束神社。
チリン
境内に鈴の音が鳴り響く。
「くぅ〜ん?」
久遠は顔を上げると、境内の入口……石段の方をじっと見詰めた。
「……どうしたの、久遠」
「くぅ〜ん?」
久遠は私の顔を見て一声鳴くと、再び視線を戻す。
「ん?」
私も久遠が見ている先を見てみる。
(……………)
そこには、ゆっくり…ふらふらと石段を昇ってくる人影があった。
誰だろう?
そう思い目を凝らして見ると……。
「えっ!? イ、イレインさん?」
石段を登ってやって来たのは、とても意外な人物でした。
「ど、どうしたんですかぁ……こんな所に?」
「はぁ…はぁ……はぁ………」
イレインさんは膝に手をついて息を整えると私を手招きする。
「………な、那美……ちょっと来なさい………」
「はい?」
私は呼ばれるままにイレインさんに駆け寄った。
「なんですか?」
ぽかっ
殴られた。
「あぅぅ……」
頭を抱える私に対して、イレインさんは物凄い勢いで怒鳴りはじめた。
「何でここの石段はこんなに長いのよ! 那美……あんた、私を殺す気!?」
「こ、殺す気って……別にそんなに長い階段じゃ………あっ」
そう言えばイレインさんって、今はパワーを控えめに設定されてるだっけ……。
(目指せ、乾電池生活〜♪)
一瞬、忍さんの言葉が脳裏をよぎる。
「…は…はは………」
私は誤魔化すように笑った。
「あ、あの……それで今日は何か御用ですか?」
私の問い掛けに、イレインさんは、むっとして答えた。
「…………………忍の命令よ……ったく、何で私が……」
(???)
イレインさんは何が気に食わないのか、ぶつぶつ愚痴る。
「忍さんの……ですか? えーと…何を言われたんでしょう……」
「……………………………」
イレインさんは少し考え込むと、ニヤリと口元を上げた。
「………………那美を殺せって……」
「あぁ、私を殺しに来たんですね♪ …………って、えぇぇーーーーっ!?」
私は一拍おいて驚く。
「まあ気は乗らないけど、忍の命令じゃーしょうがないっか♪」
「あの…えとえと……」
「安心して、痛くしないから♪」
楽しそうに笑うと、指をポキポキ鳴らし近づいて来た。
「あ、あぅぅ……」
私は咄嗟に頭を抱え込む…………………………………が、いつまで経っても攻撃が来ない……。
「???」
恐る恐る顔を上げると、そこには少し呆れ顔のイレインさんが私を見ていた。
「あの………殺さないんですか?」
「殺して欲しいの?」
ふるふる
私は大きく首を振る。
「…………ったく、冗談に決まってるでしょ……」
「冗談……ですか?」
「………ホンキで信じてたの?」
「えと…その……はい……」
私の答えに、イレインさんは大きな溜息を一つ漏らす。
「呆れた……前から思ってたけど…………あんたって、馬鹿?」
真面目な顔で、酷い事を口にする。
「あぅぅ……イレインさん、もしかして私をからかいに来たんですか?」
私は拗ねるように言った。
「まさか……私はそんなに暇じゃないわよ」
「じゃあ、本当は何しに来たんです?」
私の再度の問い掛けに、イレインさんはそっぽを向いて不機嫌そうに呟く。
「………那美の手伝い……」
「はい?」
「だから、神社で那美のお手伝いでもして、奉仕の精神を学べって言われたのよ……」
「あ、あぁ……そう言う事ですか……」
私は、ぽん…っと手を叩く。
納得です。
「だから那美……何でも言いなさい! この私が手伝ってあげるから」
「何でも……ですか?」
「そうよ、高機能な私に相応しい仕事を用意しなさい!」
何故か偉そうな態度で言い放つ。
まあ、なんだかイレインさんらしいですけど……。
*********************************************
「え〜と……それじゃあですね……」
私は辺りを見まわす。
(ん〜………あっ! あれが良いかな?)
私は境内の端っこに駆け出した。
「ここからですねぇー」
口元に手を当て大きな声で叫ぶと、今度は反対方向に駆け足。
タッタッタッタッ……。
「…………ここまでの間の、草むしりをお願いしますね♪」
「なっ!?」
イレインさんは固まる……が次の瞬間、顔を赤らめて怒鳴った。
「そ、そんな広範囲なんて無理に決まってるでしょっ!! それに、草むしりのどこが私に相応しいってのよ!!」
「イレインさんなら大丈夫ですよ……きっと♪」
私は意地悪く微笑んだ。
先程からかわれた事へのちょっとした仕返しです。
「だってイレインさん……高機能ですから♪」
「那美……あんた私に喧嘩売ってる?」
「いえいえ、そんな事はありませんよ」
イレインさんは腕を組むと、プイっと横を向いた。
「兎に角、お断りよ! 何で私がそんな泥臭い真似を……」
「でも……お手伝いを放棄すると忍さんが……」
「……し、忍が何よ……」
露骨にうろたえる。
イレインさんが、起動者である忍さんに何かと弱いのは、今までの経験上…実証済みです。
「いえ…前に忍さん、言ってました。 ……………胸からミサイルってのもお約束だよね……って」
「!?」
「私は、流石にそれは可哀想ですよ……って、止めたんですけど……」
チラッっと意味ありげな視線を送る。
「なんだか急に、見てみたいような気が……」
「……やらせて戴きます」
イレインさんは涙目で頷いた。
「あっ、そうですか? 何だか悪いですね……」
「……くっ、覚えてなさい! パワーが戻ったら、まっさきに消してやるんだから!」
イレインさんは悔しそうに唇を噛む。
「クスッ……じゃあ、よろしくお願いしますね♪ 私はお茶の準備でもしてきますから」
私はぶつぶつ文句を言うイレインさんを残し、その場を離れた。
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数刻後……。
私は神社の中から声を掛ける。
「イレインさ〜ん。 そろそろお茶にしませんかぁー?」
「…………………」
しばらく待ってみたが返事がない。
(どうしたんだろう?)
私は様子を伺いに境内へと出た。
「イレインさ……!? うわっ」
思わず声が漏れた。
山のように集められた草の前。 イレインさんはペタリと座り込んで、私に顔だけを向ける。
「はぁ……はぁ……どう、那美…終わったわよ。 これで文句無いでしょう……」
「は、はい……」
凄い……もう終わったんだ。 高機能は伊達じゃなかったんですね……。
でも……。
私は、ちょっと前まで沢山の雑草が生えてた場所を見て首を傾げる。
「なんだか、綺麗……」
草の抜けた後は、まるで整地された後のように綺麗に馴らされていた。
私の視線の意味を理解したのかイレインさんが答える。
「あぁ、穴だらけだったんで、躓くと危ないから土を盛って馴らしといたわよ」
私は胸の前で手を合わせる。
(じ〜ん……ちょっと感動です……)
「イレインさんって………優しいんですね♪」
私は素直にそう感じた。
「………………ば、馬鹿! そんなんじゃ無いわよ!」
「本当にありがとうございました」
私は改めてペコリと頭を下げた。
「礼はいいから……その代わり……」
イレインさんは真剣な表情で呟く。
「……胸からミサイル……何としても阻止するのよ……」
「はい?」
「だから、胸からミサイルよ!!」
「あ、あぁ………クスッ……はい、わかりました。 忍さんには、私から言っておきますね」
「た、頼んだからね…」
必死の形相のイレインさん。
そんなに嫌だったんだ……胸からミサイル……。
「じゃあ、お茶にしましょうか?」
「そうね……私もう、喉がカラカラ……」
イレインさんは立ち上がるとお尻の砂を払う。
「はい、準備は出来てますから、こちらへどうぞ……」
私はイレインさんを連れ、歩き出した……。
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神社の土台の上に越し掛けて、私とイレインさんはお茶をすする。
ずずっ……。
「ん?」
イレインさんは、お茶を一口啜ると首を傾げる。
「ねぇ那美。 このお茶……いつも忍ん家で出してるのと違うやつ?」
「……いえ、同じ銘柄ですよ……それがどうかしましたか?」
イレインさんは不思議そうに湯呑の中を見詰める。
「……………いつもより断然美味しい。 那美がいれたとは思えない程に……」
「あぅぅ……ど、どう言う意味ですか……」
私は拗ねたように答える。
「あっ、そうか。 忍にいれる時は、お茶っぱケチってたんだ。 那美もやるもんね♪」
「ち、違いますー。 多分、草むしりをしたお蔭だと思いますよ」
「?」
「一生懸命働いた後のお茶は美味しいって言いますから」
イレインさんは湯呑をじっと見詰める。
「ふ〜ん、そういうもんなんだ……」
ずずっとお茶を啜る。
「うん、美味しい♪」
一息つくと、イレインさんは土台に両手をつき、ゆっくりと空を見上げた。
「う〜ん……ぽっかぽか〜♪」
暖かい陽光を全身で受ける。
「ホント…良いお天気ですね」
私も一緒に空を見上げた。
「私……ここ、気に入ったわ。人も滅多に来ないし静かだし……それに、海が見えるってのが、ポイント高いわね♪」
「そうですね」
視線を海に向ける。
「私も……ここからの景色は好きですよ。 こう…のんびり出来るっていうか……」
「うんうん。偶にはいいかもね♪ こうしてのんびりするのも……」
イレインさんは無邪気に笑う。
「あぁ…よかったら、今度はゆっくり遊びに来て下さいね♪」
「……………………」
私の言葉にイレインさんは考え込む。
「……………………草むしり…させない?」
上目遣い……イレインさんには珍しく、可愛いらしい仕草です。
「はい。 もう当分は大丈夫でしょうから」
「…………………………………当分ってのが引っ掛かるけど、まあいいわ。 今度、遊びに来てあげる。
ちゃんとお茶菓子用意しておきなさいよ♪」
「はい、いつでもいらして下さいね」
それからしばらくの間、私とイレインさんは、特に何をするでもなくのんびりとひなたぼっこを楽しんだ。
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ガサガサ
前方の茂みが揺れる。
チリン
鈴の音が鳴り響き、久遠が茂みの中から顔を出す。
久遠はきょろきょろと辺りを見回し、私達に気付くと、とてとてと近づいて来る。
私達の目の前。
そこまで来ると立ち止まり、イレインさんを見上げた。
でもイレインさんは、ぽかぽかと空を見上げていて気付いていないようです。
久遠は尻尾をふりふり揺らし、イレインさんの足に体を摺り寄せてきた。
「……く〜ん」
「な、何っ!」
イレインさんは驚いて足をひく。
「あはは……久遠、イレインさんに甘えたいみたいですね♪」
「くぅ〜ん♪」 (すりすり)
久遠はイレインさんをじっと見上げると甘えた声を上げた。
「……………ま、まあ、私の魅力を考えれば当然ね……」
イレインさんは少し屈み、久遠の頭に手を乗せた。
(なでなで)
「くぅ〜ん♪」
久遠は嬉しそうに尻尾を振る。
「ふふっ、キツネにしては見所のある奴ね……どう? あたしの下僕にならない?」
「げ、下僕って……せめて友達にして下さいね。 久遠、良い子ですから……」
「……友達?」
「くぅ〜ん♪」
久遠は甘えるようにイレインさんにまとわりつく。
「……………そうね……うん、いいわ。 今日から私が友達になってあげる。 光栄に思いなさい♪」
イレインさんは楽しげに笑うと久遠を抱きかかえた。
そして久遠を膝の上に乗せ、その鼻先をくすぐるように撫でる。
「くぅ〜ん…くぅ〜ん♪」
「あははっ、そうか、お前はここが気持ち良いのね……ほらほら……」
久遠は気持ち良さそうに目を閉じる。
「良かったね久遠。 遊んでもらえて♪」
「くぅ〜ん♪」
久遠の嬉しげな鳴き声が境内に響き渡る。
結構、平和な一時でした。
*********************************************
境内から少し離れた茂みの中。
そこには、イレイン達を見守る二組の視線があった。
「恭也。 イレイン……笑ってるよ♪」
「……あぁ、あんな風に笑えるんだな」
俺はちょっと嬉しくなった。
修復直後の彼女の暴れっぷリを知ってるだけに尚更だった。
「イレイン………私は感動したよ……」
忍は拳をぎゅっと握り締め、涙まで流していた。
「ねえ恭也。 今度はイレインを翠屋の店員に使ってみない?」
「イレインを?」
俺は翠屋で働くイレインを想像してみた……。
翠屋の制服……かなり似合うと思う。 正直俺も見てみたいが……。
「………………流石に、お客様相手にあの生意気な口調だと不味いでしょ……」
「大丈夫♪」
忍は何故か自信たっぷりに微笑んだ。
「生意気な女の子が好きなお客さんって、結構いるんだよー」
「………………」
「どう? いいアイディアでしょう♪」
「……………………忍……楽しんでるだろう?」
「えへへ〜♪ バレた?」
悪戯のバレた子供のように笑う。
「………まあ、その件については、今度かーさんとフィアッセに聞いておくよ」
「うん。 期待してる♪」
こうして、イレインの知らないウチに、次の修行場所が決められようとしていた。
だが、久遠と楽しそうに遊んでるイレインがその事を知るのは、もう少し後の話だった。
おしまい
次回 『イレインと翠屋』に続く ← (注:続きません)
あとがき
ここまで読んで下さったみなさん。
ありがとうございます。
今回のお話は、ネットで仲良くして戴いてる神風さんのリクエストにより書き始めたんですが……。
色々と難産でした(汗)
あのイレインとどうやってひなたぼっこに持ち込むのか(笑)
それ以前に、復活させる理由付けは? 彼女の性格・口調は?
等々、問題点は山積みでした。
それら一つ一つを、私内の妄想で埋めつつ完成したのが、この『イレインとひなたぼっこ』です。
だから、おかしな点は多々あるでしょうが、なるべく好意的に解釈して下さると助かります。
しかも今回は、マイパートナー(笑)神風さんの挿絵付き♪
ねだって描いてもらったんですが、素晴らしい出来です。
彼女が、あんなにGジャンGパンが似合うとは思いませんでした(笑)
あの笑顔がまた良いですよね♪
これで、彼女の魅力に惹かれる人が増えてくれれば嬉しい限りです。
神風さん、ありがとうございました♪
では、何か、少しでも心に感じるものがあれば、感想など下さいませ。
励みになります♪
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2001年6月17日(日曜日)