君が通り過ぎた後に。
僕たちの夢は、夢の様に綺麗だった。優しく、暖かく、泣きそうになる位
に穏やかだった僕たちの高校時代。二度と還れないその場所に、僕は今で
も思い出をしまっている。 時代は僕たちに雨を降らせている。苦しいこと、辛いことが多い中で、同
じだけ与えられているはずの小さな幸せを、もう僕は見つけ出すことがで
きない。 だから僕は、全てを知った上でもう一度あそこに行こうと思う。木製の固
いイスに座り、ラクガキだらけの机を眺めながら、君たちがあの立て付け
の悪いドアを開いて僕に笑いかけてくれる、失われた瞬間を僕は待ち続ける。 憧れのアンコール(前編) <PS版東鳩バージョン>
by霞月洋祐 3月3日。
がばぁっ!と布団を跳ね上げる。時間は…7:34。
今日から始まる麗しき日々。これから起こることが全て頭に入っているから、
フラグも立てやすいってもんよ。
おっと、最初は朝からあかりに『浩之ちゃ〜ん』と連呼されるんだったな。
ふっふっふ、しかしそうはいかんぞあかり!今回の俺は一味違うのだ! とっとと着替えを済まして玄関を出る。家の前であかりを待つのだ。時間は
まだ8:00。余裕だなこれは。
「あれ?浩之ちゃん!」
と、あかりがやってきた。俺の顔を見て、困っている。さあ、どうするかね
あかりちゃん?
「浩之ちゃ〜ん!浩之ちゃ〜ん!起きてよぉ〜、遅刻しちゃうよ〜!」
だぁぁぁぁ!なにやってんだコイツは!
「こらあかり、目の前にいるじゃねーか!なんでそんな大声で叫んでんだー!?」
「モゴモゴ」
俺は叫び狂うあかりの口をあわててふさぐと、二本のおさげをグイグイとひ
っぱって叱責する。
「だって浩之ちゃん、今日は私、こうやって浩之ちゃんに大声で叫び掛けて
怒られなくっちゃいけないんだよ?」
「目の前にいんだから律儀にそんなマネするこたねーの!」
「大体なんでもう起きてるのぉ?寝坊する約束だったでしょ?」
どういう約束だよそりゃ?まったく融通がきかんというか、トロいというか。
「とにかくもういいの!さ、行くぞあかり」
「あっ、浩之ちゃん待ってよぉ、だったらせめて『浩之ちゃんって呼ぶな!』
って怒ってよぉ」
はあぁ、全く。
学校の前に来たというのに、まだあかりはゴネている。
「このゲームのなかでは浩之ちゃんはお寝坊さんな役回りなんだから。それで、
そんな手のかかる浩之ちゃんを起こしてあげるのが私の重要な役割のひとつな
んだよ?なのに…」
ああ〜、うっさいうっさい。
「あのなああかり、おまえにはわからないかも…」
ぶつくさ言うあかりにちょっとカチンときて、ひとこと言ってやろうかと思い
振り向いたその時!
ドカァン!
けっこう大きな音と共に、俺のカバンがだれかにブチ当たってしまった。
(うわっ!?あ、芹香先輩か。)
果たして、そこには芹香先輩が倒れていた。眠そうな目つきで俺のほうをじっ
と見ている。
「ああ、すいません!だいじょうぶですか?」
あれ?なぁんか違わないか?
「…………」
予定通り(?)、芹香先輩は無言である。 「ほらつかまって」
「…………」
俺の手につかまって、なんとか立ち上がる芹香先輩。
「みたとこケガとかはないみたいだな」
「…………」
よし、全ては予定通りだ。
明日の朝もぶつかっちまうんだろうけど、ごめんな先輩。これも強制イベント
の悲しい性ってやつだ。
3月4日。
ドガアァァンッ!!
やっぱりぶつかってしまった。
ザン!ザザン!ドウッ!ゴロゴロ……。
地球に体当りをかます芹香先輩。どうにも見ちゃいられないな。
「ああっ!すいません」
「…………」
オレが差し出した手を、先輩がジッと見つめている。やっぱり眠そうな………
って、アレ?
「…………」
「あの、もしかして怒ってるんですか?それでクチきいてくれないんですか?」
「……当り前です!」
よしよし。…ってぎゃぁぁぁ!ちょっと待て、こんなセリフないハズだぞ!
「一度ならずも二度!あなたは私に恨みでもあるんですか!?」
芹香先輩が、ゆらり、と怪しい立ち上がり方をしてオレの方に歩いてくる。な、
なぜだ?やたらと怖いぞ。
「あっ、そこ汚れてるぜ」
落ち着け、落ち着くんだ浩之!なんとしても話を元の方向へ持って行かなくては!
「これは汚れではなくて血です!大体あなたのせいでしょう!」
そう言われて見てみると、たしかに先輩の足から青い血が流れている。…へ?
青?青い血ィィ!?
「ちょっと待った、なんで青い血なんだ?ってそれ以前になんでケガしてるの
さぁ!?ここでも無傷のハズでは……」
「おだまり毛だまり水たまり!許しませんよ!」
芹香先輩はワケのわからないことを口走ると、スカートのポケットから銀の笛
を取り出した。
「な、なにを?」
「カモンッ!マイシスタ〜!」
ピイ〜〜ヨゥ〜〜ウイィッ!
コード13にも似た笛の音が辺りにこだまする。と、どこからともなくダダダダ
ダダダ…という地響きが!
「マイシスター?……ってことはまさか!」
俺の頭の中を不吉な想像が駆け巡る。
「アゥオオオオン!」
「ぬわぁっ!」
俺の後ろから、人ほどの大きさもあるイヌがまっしぐらに駆けて来る。
…人ほどもあるイヌ?ってゆーかあれは人だ!ってもしかして!?
「ワンワン!」
「やっぱり綾香かぁ〜〜〜〜〜!」
そう!笛によって呼び寄せられた人ほどもあるイヌの正体とは、あの来栖川綾
香だったのだ!(作者注:どっかでみたネタだとかゆってはいけません)
「よく来てくれました綾香ちゃん。目標はあの男です。さあ、行きなさい!」
「なんだかよくわかんないけどわかったわ!」
「喋れるんなら普通に登場しろ〜!」
それ以前にここではいないキャラだろ、オマエは。
「おだまり陽だまり天地真理!さあ、行くわよぉ!」
ぐはぁっ!さすがは姉妹。 その後、オレをボコボコにすると綾香は高笑いを残しつつ去っていった。当然
学校は遅刻。
3月8日。 「おーい竜馬、はやくしろよ」
「ちょっと待って、このクツヒモが……って僕は雅史だよぉ」
昇降口で竜馬(はもういいか)が手間取っている。
「そんなメンドい靴、履いてくるなよ雅史。普通のスニーカーかなんかでいい
だろーが」
「これは僕の家に代々伝わる靴で、とっても価値のあるものなんだよぉ」
「んなワケないだろっ!仮にそうだとして、なんでそんな大切な靴を学校なん
かに履いてくるんだよ!?」
「いつも御先祖様の加護がありますように、って姉さんが。おかげでこれを履
いてる時にはケガひとつしないんだよ」
雅史が遠い眼をしながら語っている。まったく、シスコンなんだから。
「いまいち信憑性がねーなぁ。証拠でもあんのかよ?」
「ほら、ここに銘が彫ってあるよ」
なるほど、たしかに靴底の、土踏まずの部分辺りに何か文字が刻んである。
「ん〜?どれどれ」
『佐藤家代々之墓』
「こんな靴があってたまるかぁぁぁぁ!」
ぱっしいーーーん!
オレは雅史から靴をもぎ取ると、おもいっきり地面に叩き付けた。
「ああっ!なにするんだよ浩之ぃ〜」
「黙れっ!オレは先に行くぞ!」
「浩之ぃ〜、Tバーック!」
「カムバックにしとけ!」
そんなこんなで、委員長とは逢えなかった。オレのフラグが崩れてゆく……。
「いや、よく姉さんがTバックの下着を……」
「終った話を戻すなァァァ!」
3月11日。 「…って事、あるよね〜」
「うん、あるある!」
雅史とあかりが下駄箱の所で話している。貧乏性ネタか。う〜ん、今日ここで
あいつらの話に乗ってしまうと、綾香とは逢えなくなっちまうんだよなぁ。
でもこないだの先輩との一件があるからなぁ。オレのことを見た瞬間、飛びか
かってくるって可能性も否めないし。
よし、こうなってしまったからには、他はあきらめてあかり、あるいは新入生
に望みを託すとするか!
「あっ、浩之ちゃん!」
オレの姿を見つけたあかりの顔が、ぱあっと明るくなる。あかりだけに、なん
ちゃってな。
「そのギャグつまらないよ、浩之」
「人の心を読むんじゃねえ!」
なーんか、今回雅史が完全なギャグキャラになっているような気がする。
「作者の趣味だよ」
「だからそれやめろって!」
こら霞月、雅史を元に戻せ!<イヤです(作者)
「まあまあ浩之ちゃん。それよりもせっかくこうして三人そろったんだし、一
緒に帰ろうよ?」
あかりがなだめる。うむ、愛い奴。
「ノーコメント」
「やっぱり読んでんじゃねぇか!」
「…貧乏性の話だったな」
校門を出て、あかりの緩いペースに合わせて歩きながら、オレは流れをなんと
か元の方向に戻そうとがんばってみる。ここであかりの好感度を上げておいて
も損はない。
「そうそう、さっき雅史ちゃんといろいろ話してたんだよ」
うむ、なんとかいけそうだ。
「おおきな空箱なんかをタンスに入れて、服の区分けをしておく、ってのは基
本だな」
「浩之ちゃん、話が飛びすぎ…」
「いいんだよ、原作通りじゃ面白くもなんともないだろ?」
「まあそれはそうだけど…」
あかりはどうにもマジメすぎていかんな。臨機応変ってのも少しは知っておく
べきだ。
「八百屋さんで売っている、カゴに入った果物ってあるよね?」
「ああ、よくマンガで出てくるアレな」
雅史が話し始めたので、乗ってやる。ふう、やっと元に戻ったか。
「あのバスケットって、案外脆いんだよね。何か小物を入れておいたはいいけ
ど、いつのまにか繊維がほどけてきちゃって、移動させようかと持ち上げた瞬
間に中身がバラバラッ、と落ちちゃって、かえって困ったりするものなんだよね」
「もともとそんなに役にたつものじゃないしな」
「あー、うちにもいくつかあるなぁ」
あかりんトコは母親もあかり自身も料理好きだから、俺達なんかよりもずっと
そういうのに触れる機会が多いだろう。この様子だと、かなり溜め込んでいる
みたいだな。
「じゃあさあ、お米のビニールの袋をいつまでもとっておく、っていうのも貧
乏性かなぁ?」
「あかりちゃん、それって典型的な貧乏性だよ」
今度はあかりか。こいつの場合、本当に生活密着型だからな。期待できそうだ。
「あれってゴミ袋にもならないし、袋の質が固いから応用が効かないし、でも
捨てるのは勿体ないしで困っちゃうんだよね」
「帯に短しタスキに長し、だね」
レミィの様な事を言う雅史。ってさっきからなんかオレの発言の場がないぞ?
「袋って言えば、レコードショップでくれるビニールの袋も、使い道がないよねー」
「あれはCD用だからね。大きさが中途ハンパなんだよね〜」
ああっ!オレが言おうとしたことを雅史のヤツ〜!
でもほのぼのしてる二人がなんかイイ感じだったので、思い出のアルバムに入
れておくことにした。
カシャ!(L2ボタン)
「アルバムがいっぱいで登録できないってさ、浩之」
こ、この野郎!
「…よぉし、んじゃあ雅史の写ってるやつを削除するか!」
「ああっ、ひどいよ〜!」
「じゃかましい!大体なんでオメーなんかにエンディングがあるんだ!?」
「やおい狙いに決まって……」
どばきっ!ぼこっ!ずどかぁ〜ん!
「秘技、藤田三連撃!雅史よ安らかに眠るべし!」
「ぐぼォ……うう〜、アイル、ビー…バック(ぽてちん)」
ま、これでひとまず安心だろう。次までに雅史がマトモなキャラに戻ってると
ヨイのだが。
「らっきょだって好きだもん……」
うぐぅ、だめか。
「あ〜あ、雅史ちゃんが『ひでぶ』して『あべし』して『たわば』しちゃって
るよ」
「うぉ、あかり?今まで何してたんだ?」 [いきなりあかりが現われた。コマンド?]
……って違うだろ!
「ふふふ、『あべし』を七つ集めると浩之ちゃんが脱ぐのかなぁ?」
「なんの話をしてるんだオマエは……」
「だって浩之ちゃんがファミコンネタを振るから…」
「先に振ったのはあかりのほうじゃねーか!」
「え〜っ、ちがうよぉ。アレは純粋に…」
「何が純粋に、だ。大体オメーはいつから………」
「………一夜の………宿を……貸し……一…夜で……亡く………なる…はず…
……の………名が……た…びの……ば……く…と………………」
後には一人、『侠客立ち』をする雅史がいた……。
3月15日。 テスト二日目だ。あかりの誘いを蹴っちまったから、イベントはしばらく無し
かな…。
「Hi!ヒロユキ!What do you have problem?(どうかしたの?)」
うぉう、レミィだ。そういえばレミィとのイベント、という流れがまだ残って
いたな。
「オス、レミィ。何か用か?」
「Nothing special。I just paid you a visitネ。(ううん、そんなんじゃ
ないの。ただ顔を見に来ただけなの)」
「お、おう、そうか(…?)」
「Today's Tests were over!Why don't you go over?(今日のテストも終
ったことだし、ちょっと遊びに行かない?)」
「あう、うお、ファ、ファインセンキュー!」
なんだなんだぁ?英語と日本語の割合が入れ替わってるぞ?ワケがわからねぇ〜(泣)
「n-fun? What happened?(え?どうしたの?)」
「い、いや、なんでもねえ。あーっと、そうだレミィ!遊びに行くなら志保を
誘ってみたらどうだ?アイツは遊び人だからな!」
冗談じゃない。こんなレミィと遊びに行ったって余計疲れるだけだ。ここはう
まく回避せねば。
「Oh-、シホ!…ah-、may be……(志保ね。…う〜ん、でも……)」
「ん?オレと違ってヤツとなら退屈しないぜ?」
「Yeah!She've got a big mouth。But、she must go singing カラオケ、
OK?(あはっ!彼女は喋りすぎる位だからね。でも、まずカラオケになっちゃう
でしょ?)」
「なんで?レミィってカラオケ嫌いなの?」
レミィってカラオケ上手そうなのになぁ。志保といい勝負ができそうなモンだ
けど。
「No。I'm tone-deaf。(ううん、私ってオンチなの。)」
「Really?(ホントかよ?)」
うわ、オレまで変になってきた!
でも考えてみりゃそうか。日常会話に難は無くとも、まだまだレミィの日本語
っておかしいとこあるしなぁ。しかもこの状態じゃぁ……
「志保ならもうあかりちゃんと一緒に帰ったよ」
と、いつのまにか雅史が後ろに立って語りかけてきた。芹香先輩か、オマエは。
「Oh、マサシ!好!(ハオ-こんにちは!)」
何故中国語なんだレミィィィィィ!
「やあレミィ。好久不見(ハオチュウプチェン-ひさしぶりだね)」
おまえもかァァァ、雅史ィィィィィィ!
「さっき廊下ですれ違ったばかりだから、追いかけるんならいまのうちだよ?」
なんだってぇぇぇぇぇぇ、WRYYYYYYYY!
「ヒロユキ、It's no meaningネ…(意味ないわねぇ、それ)」
「介錯なら僕がしてあげるよ?」
「オレに切腹をしろというのかっ!」
「己の命をもってして責任をとるんだよ、浩之!」
「こんな事で死ねるかっ!」
何を考えてんだ雅史のヤツは…。
「Oh!セップク!I want to see!(切腹!?見たい見たい!)」
ぐはぁレミィ、やっぱりそう来たかぁ!
…結局一人で帰った。レミィもだめか。志保はオレにとって論外だし、やっぱ
り新入生の誰かかな?
なんとしてでも5月までには彼女と呼べる女のコを一匹はゲットせねば!(<ポ
ケモンみたいにゆーな!)
…ふと、公園の方を見やると、雅史がスコップで地面を一生懸命掘っているの
が目に入った。あいつなにやってんだぁ?
「よう、雅史。帰ったんじゃなかったのか?」
オレは雅史に近づき、声をかけた。
「あっ、浩之!ちょうどよかった」
雅史は振り向くと、満面の笑みを浮かべてオレを見た。よく見ると制服がドロ
だらけだ。
「何がちょうどよかったんだよ?こんなに深く地面なんか掘り返しやがって…」
「ふふ、これだけ深ければ十分でしょ?」
「なにがだよ?」
「浩之の首塚」
どげしぃっ!
オレは雅史を蹴倒すと、ヤツの手からスコップをひったくった。
「ああっ、なにするんだよう浩之!」
「だまれ!フグの毒抜きをしたる!」
ざっこざっこと、雅史の上に土を被せてゆく。
「あぶぐぅ、ひぼゆぎ〜!…ぼぐぼぐ……」
「どりゃりゃぁ〜!」
ぼさぼさぼさ……。首だけ雅史の完成だ!
「浩之ぃ〜、これじゃ動けないよ〜」
「はぁ、はぁ、はぁ。そうやって反省してろ!」
「ひどいよ〜!」
オレは地面から生えた雅史を無視して、さっさと家路を急いだ。やべーやべー、
ルパム2世が始まっちまう。
「うう〜、浩之のバカァ〜」
ノラ犬に小便をかけられ、ノラネコにさんざん弄ばれ、変質者に舐めまわされ
てしまった雅史。もう綺麗な身体には戻れない、戻れないんだね……。
「今何時ごろかなぁ?」
唯一動く首をエクソシストのようにぐるりと180度回して公園の時計を見る雅
史。既に人間ではない。
「ああっ、もう夜中の2時だ!大変、『中級生』が始まってるぅ!」
ぷつん!
雅史の頭の中で、何かが弾けた。ノムラよせェェッ!範馬逃げろォッッッ!
「ひいぃっ!」
ぐおんぐおんぐおん…!雅史の体が激しく前後に動き、土を巻き散らしながら
徐々に地球から抜け出してゆく!
「きをつけいッッ!!!」
さあ、ガイアの御帰還だ(笑)。
3月16日。
「ふわぁぁぁっ……うぃ〜、もう朝か」
枕元の時計に目をやると、8:41というデジタル文字が緑色に光っている。オレ
にしては早起きだ。
「雅史の様子でも見に行ってやるか…」
いかなオレとて、さすがに十数年来の親友である雅史の事なんだから気になる。
昨日は少しばかりやりすぎたかな、という後悔と、まぁさすがに反省しただろ
う、というイジワルな気持ちがないまぜになっているアタマを振り振り、オレ
は自宅近くの公園に向かった。 「ふえ〜ん、誰か助けてぇ〜!」
ありゃありゃ、雅史のヤツ泣いてるよ。さすがに度が過ぎたか。
「ううぅ、抜けないよう…」
黒い髪をぶんぶん振り乱してもがいている。よしよし、今出してやるからな………
………?
黒髪?雅史はたしか茶髪だったハズ…ってことは?
大変だ!雅史が抜け出した後の穴に、誰かが誤って落っこちちゃったんだ!
「待ってろ、今助け出してやる!」
オレはたまらず駆け出す。なんてこった!ああ〜、オレ&雅史のバカバカ!
「おい、大丈夫か!?」
「あっ!藤田くぅ〜ん!助けてぇ〜!」
「へ?………ふぎゅるっぱぁ〜!」
なんと、雅史の代わりに地球に深々と突き刺さっていたのは、触手アタマの雛
山理緒ちゃんだった!
「な、なにをやってるんだよ理緒ちゃん!?オレはてっきり近所の子供が……」
「うう〜、新聞配達の帰りに近道をしようと思ってこの公園を通ったら、いき
なりズボッって………ふぇ〜ん(泣)」
哀れな子よ…。まったく、雅史のヤツも穴ぐらい埋めてけってんだ!(<責任
転嫁)
「グスッ…周りの人も笑っているばっかりで助けてくれないし、玄太郎には噛
みつかれるし、怖かったよぉ〜!」
なるほど、言われて見てみれば右の触手が喰い千切られている。スカートの次
は触手か、玄太郎にも困ったもんだ。
うむ〜、それにしても以外な伏線が来たものだ。同学年ではあかり以外もうダ
メだと思っていたのに。これはもしかして神様がくれたチャンスか?よしよし、
雅史もいじめてみるものだな。(<ヲイ)ちょっとドジであわてんぼさんだけど、
理緒ちゃんもかわいくていい感じだしな。ここはひとつ……。
いや、まてよ。ここで目の前のエサに飛びついてしまっていいものだろうか?
チャンスを逃さないってのも大事だけど、こんなんで妥協するってのもオレの性
には合わないしなぁ。そもそも日本国民は正当に選挙された国会における代表者
を通じて行動し、われらとわれらの子孫の為に諸国民との協和による成果とわが
国全土に渡って自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨
禍が………………
「あの〜、ふぢたくぅん?助けて欲しいんですけどぉ…?」
「はぉあっ!」
わ、忘れていた。そんなことよりまずは理緒ちゃんを助け出さねば。
「あう〜、助かったよ。ありがとう、藤田君」
20時間にも及ぶ激闘の末(笑)、助け出された理緒ちゃんにはいつもの、はにかん
だような微笑みが戻っていた。
「う〜、新聞屋さんに怒られちゃうなぁ」
「でもノルマは達成していたんだろ?だったら大丈夫じゃないかな?」
責任は持てないが…。
「………………」
ん?理緒ちゃんの様子がヘンだぞ?
「どうかしたのか?」
「…………くん…」
「へ?」
「…藤田君のおうちって、この近くなんだよね…?」
「え?そ、そうだけど…」
どうしたんだろう?気のせいか、理緒ちゃんの頬がうっすらと赤く染まっている
ように見える。
「あ、あのさ、…お願いが……あるんだけど…」
「な、何?オレにできることなら、その……」
なんだろう?新聞屋さんに連絡を入れたいから電話を貸して、ってのかな?それ
とも……?
「あの、えっと……」
「な、何さ?遠慮なく言って、くれよ…」
「…………」
理緒ちゃんの顔がさらに赤くなってくのが、はっきりとわかった。これはもしや?
「………ダメェ!恥ずかしくて………言えない…よ……」
ぐはぁっ!来た来た来たぁ!
「いや、そんな事言わずにさ。き、気になるじゃんかよ〜」
「藤田君……」
理緒ちゃん、やっぱり君はオレのことを…?
「…じゃあ……言うよ…」
「お、おう」
「あのね、藤田君………」
『オレのウチの近く!』『赤くなりながらのお願い!』『恥ずかしくて言えない!』
この三つのキーワードから導き出される答えはっ!
「トイレ貸してぇっ!」
…………………………………………………げふっ!
そうか、そうだよな。早朝からあのままだったんだもんなぁ。
…期待したオレって、バカ?
3月19日。
長かったテスト期間も今日で終り。あと少しで春休みだ。夏休みなんかに比べる
とたしかに短いが、それでも2週間まとめてゆっくりできるってのはありがたい。
…夏休みといえば、オレの今年の夏は一体誰と過ごすことになるのだろう?彼女
と呼べる女の子が果たして存在しえるのか。それとも………
「やあ浩之。この間はお世話になりましたねぇ」
…やっぱりコイツと友情劇をやらかすハメになるのか。
「よお雅史…。元気そうでなにより……も残念だ…」
「ふっふっふぅ。甘い甘い、上等な料理にハチミツをぶちまけるが如き思想!そ
う簡単にはいかないよ」
また意味不明なこと言ってるし。
「はぁぁ…。早く元の雅史に戻ってくれよぉ〜。もう耐えらんねーよ、オレ……」
「んっふふ〜ん……無理!無理だね浩之。生まれ変わり死に変わり、九生過ぎて
も多分無理!」
「…なにをもってそう言い切れるんだよ……まったく」
もう勢い良くツッコんでやる気力すら失せた。こんなの雅史じゃねーよぉ。 「ヤッホー!ヒィロ!元気してるぅ〜?」
……はあああぁぁぁぁぁぁぁぁ…。どーしてこーゆー時に来るかねぇ…?
「ヘッ…どーでもいい。もうどーでも良くなっちまった…。ホレホレ、好きにし
てくれよ、お二人さんよぉ。………はぁぁ…」
なげやりにつぶやいて、オレは机に突っ伏す。疲れた。なんだかひどく疲れた。
このままUFOにさらわれて、日本のピラミッド見学にでも行きたい気分だぜ、まっ
たく。
「あはぁ〜ん!な〜によぉ、筒井康隆みたいなコト言っちゃってさぁ。せーっかく
学校のアイドルの志保ちゃんがわざわざアンタのトコまで足を運んできてあげた
っていうのにぃ!」
「オメーのアイドルは偶像じゃなくて怠惰だろ?…」
「キィーッ!むかつくわ…。こんな覇気のカケラもないヒロにバカにされるなん
て、むむむ、許せないわ〜!」
あ〜、うっさいうっさい。やっぱりこいつだけは彼女の選考から外さなけりゃな
らねーな。
「ホラァ!デレデレしてないで、どっか遊びに行きましょーよぉ〜。ヒロくぅ〜ん?」
「あかりや雅史と行きゃぁいいだろ…?オレはそんな気分じゃね〜んだよ…」
「うふぅ〜ん、志保ちゃんつまんない〜」
「ハイハイ、また今度な…」
オレは机から顔を上げないまま、テキトーに手を振って志保を追い払う。頼むか
らとっととヨソへ行ってくれ。
「はにゃ〜ん、ヒロったらつれないのねん」
「ははは、今回はあきらめたほうが良さそうだよ、志保?」
そーだそーだ。雅史の言う事が正しい。もう放っといてくれ。 「んじゃ、気が変わったらケータイにかけてねぇん、メルシー!」
「わかったわかった。期待しねーで待っててくれ」
志保達を追っ払った後も、オレはずっと机に突っ伏していた。このまま二度と覚
めることのない夢を見続けて、そして現実の世界でのオレの肉体が朽ちるのを静
かに待ち続ける。そんなのもいいかもしれない。……なんて、な。 「………くん?…じた……」
どこかで誰かがオレを呼んでいる。だれだ…?もう少し、もう少しだけこのまま
でいさせてくれ……。
ころころ。今日、父親参観日をやろうよ?うん、そうだね、みさ……
「起きんかぁぁぁぁっ!」
「ぐわぁっ?」
耳が痛い。頭の中でいつまでも言葉が周り続けて、ガンガンと響き渡った。なん
なんだよ今の声は……?
「やっと起きたか…しょーのないやっちゃ」
「むむぐぅ?…………保科?…委員長じゃないか!」
永遠の世界を彷徨っていたオレを強引にこちら側に引き戻したあの大声は、なん
と納豆朝のメシ、委員長だったのだ!…ううげ、まだ頭に響いてるよ……。
「どうしたんだよいきなり?びっくりしたぞ、まったく」
オレは頭を振りながら委員長の方に向き直る。
「なにが『まったく』やねん!天才は忘れた頃にやってくるモンや」
「………へ?あ、あのぉ〜……」
今のって……委員長流のギャグ…だよ…な。
「っだぁぁ!煮えきらんやっちゃなぁ!人がボケたらツッコんだる、これは最低
限の礼儀やで!」
「あわわぁ、す、すまねえ!あんまりにも……」
ピクリ!
「『あんまりにも』……なんや?」
ひぎぃっ!委員長のコメカミに青い血管が浮き出ている!
「(つまらなかったから、なんてクチが裂けても言えないなぁ、コレは…)」
さて、どう答えたものだろうか……なんて考えてる間に、
「なんや!?早よ言いや!」
うわ!ンな事言われたって困るよぉ!
どうする?さあどうしようか?ゴマカシは効きそうもない、だったら正攻法だ!
「いやぁ、つまらなかったもので……」
ボコボコボコボコ!「調子コイてんやないでぇ!」 バキバキ刃牙バキ!「いぎゃぁぁ!」 ボスボスぐちゃ!「大阪空港に敷いたるわ!」 ドガドスがっしゃぁ〜〜ん!「がはぁ!誰か助けてくれぇ〜!」 ガツンガツンめきょめきょ!「チャラチャラぐちぐちアマやってんやないわぁ〜っ!」
「はあ〜、スッキリしたわぁ〜。ここんとこテストでストレス溜まっとったからなぁ〜」
ぎぐぐ…、オ、オレをストレス解消のダシにするな…ぁ。
「これで今日から静かな気持ちで眠れるわ。ありがとな、藤田君!」
なに…を、さわやかな女の子演じてるんだよ……痛てて………。
「なんやぁ?ちょっとやり過ぎてもーたかな?」
ちょっと……じゃない…だろうが。
「大丈夫か?どこが痛いんや?」
「うう、頭と首と肩と右肘と左手首と………」
「ああ、悪かったなぁ〜。でもそんなもんで済んで何よりや!」
ちがうよぉ、まだ全部言ってないんだよぉ……。
「あ、そうそう、もう下校時間や。カギ閉めるから早よ出てってーな?」
「……その為にオレを起こしたのか?」
「ん?そうやけど…他になんかあるんか?」
「いや……いいんだ」
って、とんだヤブヘビじゃねーか……。ああ〜、オレってとことんついていない
んだなぁ……。
「あ、せやせや!藤田君、私が先生に報告してくるまで待っててんか?」
「え?……お、おう、いいぜ!」
委員長が、人を、誘う?しかも男のオレを?
……めずらしい、なんて言葉じゃぁ…ふふっ、済まされないよなぁ!これはもし
かして、いや、今度こそ!?
「おまたせ〜、藤田君」
「お、おう!」
校門にて待つこと十数分。委員長が玄関から出てきた。
「わぁ、ずいぶん暗くなってもうたなぁ…」
ギュッ……。
委員長がオレの腕をつかんだ!うわぁ〜、なんて大胆なんだぁ!
ううっ、いかんいかん。ここは平静を装わねば!
「あれ?委員長って夜、ダメなのか?」
「う〜ん、あまり好きではないけど……それがどうかしたんか?」
「いや……」
ふっふっふ、つい自然に寄り添ってしまったわけね。う〜ん、カワイイとこある
じゃないか。今年の夏は委員長の水着でキマリかぁ!?
「OK、今日はオレが夜の道先案内人になってあげよう!」
「?……なんやわからんけど、とりあえず行こか?」
ぐいぐい。(ぶち!)オレの制服が悲鳴をあげている…。
「ちょ、ちょっと委員長、そんなに引っぱらなくたって……」
「なにゆーてんねん?逃げられんようにキッチりつかまえとるだけや!」
え?逃げられんように……だって?
「あの〜、保科さん?これからどちらへ?」
「決まっとるやん、ヤクドや!暴れたらお腹すいてもーたわ」
ヤクド!?って……?普通なら喜ぶべきなのかもしれないけど……
「あの〜、もしかしてボクが出すんですかぁ?」
「当たりめぇめぇヤギメ〜メ〜、おまけに前田のクラッカーや!それとも何やぁ、
女の子にオゴってもらうつもりだったんか!?」
「いっ、いえ!滅相もない!確認のためにお尋ねさせてもらっただけの事ですぅ!」
「さよか」
うう〜、委員長怖い…。
そんなわけで、しっかりおごらされてしまった。また委員長が見かけによらずよ
く食べるんだ、コレが。…うう、オサイフピーンチ!
それにしても、オレも学習能力ないよなぁ…。いい加減懲りろっての!……情け
ない。
3月24日。
だるいだるい終業式も終り、オレ、雅史、あかり、志保の四人はゲーセンに遊び
に行くことにした。
「であぼりか〜。そういえば今日、新しいダンスゲームが入荷されたんですって
ぇ〜ん」
「なにぃっ!本当か志保?」
そいつは見逃す訳にはいかない。こう見えてもオレはダンスゲームマニアなのだ。
「浩之、前作は『ソシオパスMAX』までクリアしちゃってたからね。楽しみでしょ?」
「おうよ!今度もまたオレの華麗なステップでオールクリアしてみせるぜ!」
しかし、かく言う雅史もオレに劣らない位の腕前(足前?)の持ち主なのだ。気は
抜けない。
「はるもにあ〜。んじゃあ久しぶりにみんなで勝負しない〜?」
「あ、いいね。やろうよ浩之、あかりちゃん!」
雅史の目が輝いている。コイツも好きなんだねぇ、ホント。
「それはいいけどさ、でもあかりも入れるとなるとなぁ。また一人負けして散財
するのはちょっとかわいそうな気も…」
「だよもん〜。そっか〜、それはそうかも知れないわねん」
ここ最近、あかりの負けが込んでいるのを気にしてオレは言った。これではイジ
メ同然になってしまうからだ。
「…いや、いいよ!」
ところがどっこい、当の本人はニコニコしてそれを拒否したではないか!おおよ
そあかりらしくないぞ!?
「わたしもダンスゲームは好きだしね。それに最近、家庭用を志保から借りて、
すこしは上手になったんだから!」
「お、おう、そうか…」
まあ確かに新作でみんな初めてのプレイだしな。条件はほぼタイかもしれない。
「あれ?あまり人がいないね」
新作だけに、人だかりができている事を覚悟して来てみたものの、雅史の言う通
りほとんど人はいない。
「寺女の終業式は明日だからね。まだ空いているんだよ」
なるほど。それでか。
「ぽやっちお〜。だったら混んでこないうちに始めちゃいましょうよぉ〜ん」
「じゃあ、まず僕からいくよ?」
ほう、やる気だな雅史。
コインを入れ、とりあえずノーマルで始める。
え〜っと、曲は……『AOI AOI REVOLUTION』。難易度3か、まあこんなもんだろ。
タンタカタッタ、タンタカタッタ………なんかドラえもんソックリのリズムだな。
『♪赤いブルマと〜、白い体操着〜、とってもかわゆ〜い、あの娘はAOIちゃん〜♪』
→、→、→、↑↓……雅史は難なく進めていく。やるなぁ。
『♪苦しみ悲しみ乗り越えて〜、サカシタヨシエをぶっとばし〜、AYAKAに追い
つけ目指ーせEXトリ〜ム♪』
←→、↑↓、←↑、↑→、→↓、↓←……ほうほう、なかなか軽快でいいねぇ、
雅史クン。
『♪AOIちゃん〜、AOIちゃん〜、とっても素直〜、とってもかわゆい、AOIちゃ
ん〜♪』
→、→→、→、→→、←、←↓、→、→……おお、雅史のニガテな八分踏みもこ
なしたか。初めての曲とは思えん位にうまいなぁ。
「たすまにあ〜。やるじゃない雅史ぃ〜!」
「いや〜、そんなことないよぉ」
「すっごーい、雅史ちゃん!」
評価は…Aか。ううむ、オレも気を引き締めてかからないといけないな。
「よし、じゃあ次はオレだ!」
雅史に負けてられるかってんだ!曲は、う〜ん、『GALVANICK PRAY』。難易度5だ!
「へぇ、浩之燃えてますねぇ」
ふふ、見てろよ雅史!
『♪ONE、TWO、ah-ONE、TWO、THREE、KANON!♪』
↑、↓、→-↑-←-↓、↑↓……うう、のっけから結構キツいなぁ。
『♪65点の夕焼けを〜、ワッフル片手に眺めてた〜、私が祈る、その横で〜、ス
ケッチブックが寂しげに〜♪』
←→、↑→、↑↓、→-↓-←-↑、←、↓……よし、なんとかしのいだぞ!
『♪はーっ、てしてみて〜、みゅーみゅー、点字を打つのは〜、爪楊枝〜♪』
↑-↑-↑↓-←→、↑↓、→-→-→……はぁっ、はぁっ、疲れたぞ。まだ終らんのか?
『♪だからカツカレー、カツカレー、偽りのテンペストは、餃子の皮をめくってく〜♪』
↑、↓、↑↓、←-→-←-→、→↑、→↑、→↓、→↓……うわぁぁっ!ゲ、ゲージがぁ〜!
「……疲れた。ザマァねーな。」
なんとかクリアしたものの、評価はC。いきなり難しいのを選んだりするもんじゃ
ないな、ホント。
「きゃるる〜ん。まあいいんじゃないのぉ〜?ヒロにしちゃぁ上出来よ!」
「おつかれさま、浩之ちゃん!」
うぬ〜、今度はパーフェクトでクリアしてやるぞ〜。
「じゃあ次は…あかりちゃん、どお?」
「えへ?」
その時、あかりの顔が妙な笑い方をしていたのを、オレは見逃さなかった……。
「じゃ、じゃあやってみようかな?」
あかりがコインを入れ、ゲームスタート……って、え?エキスパート?
「おいっ!あかりお前……」
「チッチッチッ。まあ見てなさいって」
と、とうとう狂っちまったのかぁ、あかりぃ!
「曲はねぇ〜、あ、これでいいや!」
『WORLD'S END』!難易度は…8!?なに考えてやがんだあいつは!
『♪のっくのっくのきのん、ヘブンズドア、終末の天使が〜、降臨する公園で〜♪』
→-↓-→-↑-←-↑-→↓-←↑-→-←-↑↓-↑-←→-↑-↑-↓……っだぁぁぁぁ!
なんじゃコレはぁぁ!
『♪もう少年ではない〜、おまえは一人で死ぬのかぁ〜、再生の唄を〜、壊れか
けた時計が奏でる♪』
↓-↑-↓-↑-←-←-→-↑-←→-↑↓-←-↑↓……うわぁ…、あかり全部踏んで
るよ……。
『♪光と闇と時の狭間に、悪夢の鐘が鳴り響き〜、ざくろの実が腐り落ちてくぅ〜♪』
すっぱんすぱぱん、すぱぱ、ぱんぱん、ずぱぱぱぱぱぱ………ぎゃぁぁ!あ、あ
かりの足が見えない位の速さで動いているぅ!
「おまたせ、最後は志保だよ?」
………………。
評価はSS。画面に踊る<You are perfect!>の文字。
「…すごいね……あかり…ちゃん……」
雅史が、ようやっと、といった感じに、声を出す。オレと志保は絶句したままだ。
「えへへ〜、たまたまだよ」
あかりが大ウソをつく。……絶対に世界は間違ってるよ。
「……うぁ、うぁぁぁっと!そ、そーだ、志保ちゃんこれから予定があったんだぁ!
ご、ごめんね〜、今度逢ったときにお金は払うからさぁ。じ、じゃあね〜。バイビ〜!」
ドタドタドタドタ…………。
ぬぁっ!?志保のヤツ逃げやがった!くぉの、裏切り者がぁ〜!「あ〜あ、志保行っちゃったよ」
と、あかりが非道スマイルを浮かべて、オレと雅史をねめまわす。
「さて御両人、覚悟はよろしいですかぁ?」
ああ……終った…。
3月30日。
<あ、春休みぃ〜、春休みぃ〜、くるっと回って春休み>
あかり&志保はレミィと一緒にアフガンに行ってしまい、雅史は借金のカタにタ
コ部屋で働かされている。ってなワケで、オレは男一人の寂しく虚しい春休みを
過ごしていた。 <ああ〜、それは全然知らなんだ、知らなんだ>
午後3時。魔法の時間だ。カステラでも食いたい気分だぜ。
『ぴんぽぉ〜ん…』
思うにアレはブタだよな。どう見てもクマじゃねえ。よしんばクマにしても、あ
のながい尻尾は……
『ぴんぽんぴんぽん!』
そういえば、あの電話番号って電話局開設当初に大金と引き替えで人から譲って
もらったものだ、って話だよなぁ。ま、そのおかげで今「カステラ1番電話は2番
……」ってCMが打てる訳なのだが。
『ぴんぽん、ぴんぽん、ぴぽぴぽぴんぽん………』
たがが電話番号の為に……って、うるせえなぁ。誰だよさっきから?
トタトタトタ……ガチャッ。鍵を開けて…
ズドォォォン!
「気付いておるんならさっさと出てこんかぁ〜!」
「のわぁっ!?」
乱暴に開かれたドアの向こうに仁王立ちしているたくましい男、その名も…
「セバスチャン!」
「むはははははは!我がホーリーネームを知っておるとは、小僧なかなかのものよ!」
だからってチャイムで尊師のテーマを流すんじゃないってーの!
「なんだよ一体?芹香先輩のお使いかぁ?」
「だまれこわっぱ!今日はゴム紐の押し売りに来たのじゃ!」
だからなんでそんなに偉そうなんだよアンタは……。
「悪りぃーな、間にあってるよ」
「こらっ!ドアを閉めるでない!」
がちゃがちゃ……ぐいぐい……どたばた……。
オレの努力も虚しく、ドアは再び開けられてしまった。
「フッ、まだまだよのう。ワシに腕力で勝とうなどとは、夢物語も甚だしいわい!」
「くそったれが……」
しっかしなんてパワーだよ。こいつ、ホントに年寄りなのか?
「あ、ワシ紅茶ね。ケーキは甘くないのがいいな♪」
「勝手に上がり込んで好き放題言ってんじゃねぇ!」
まったくこのじじいは……。大体なんでこの御時勢にゴム紐なんか売ってまわっ
てんだよ?しかも天下の来栖川家の執事が。まったくもってワケがわからねぇ。
まあセバスチャンがワケのわからんじじいであることは前々から知ってはいたけど、さ。
「時に、藤田様……」
「あ?」
冷蔵庫のなかを引っ掻き回しながら、オレは適当に返事をする。
「…………」
「な、なんだよ?」
振り向くと、セバスチャンが真面目な顔をして、オレの事を見つめている。ま、
まさか腐りかけのアップルタルトを出そうとしてたのがバレたのか!?
「ど、どうしたってんだよ?話があるんなら早く言ってくれよ?」
「…とにかくお座りくださいませ」
「お、おう」
セバスにうながされ、オレはソファーに腰をおろす。って自分のウチなんだけど。
「……………………」
「……………………」
しばらくの沈黙の後、セバスが重い口を開いた。
「ゴム紐、買って下さい…」
<踊り、踊るならあかり節ですぅ〜。あ、こりゃこりゃ………>
結局押し切られ、20パックも買ってしまった。おのれじじい、覚えとけよ!
「じゃあな小僧、懐が寂しくなったらまた来るぞ!」
「二度と来んな!」
バタン!ガチャガチャ。ふう、やれやれだ。
……まったく困ったじじいだぜ。ああいうのは絶対に畳の上じゃ死ねないな。
「さあってと、じじいもいなくなったことだし、テレビでも見るかな」
『ぐぁぁぁぁっ!ローイスロルスに十円キズがぁぁ!』
じじいの絶叫が聞こえたが気にしない。ここいらのガキはタチが悪いんだよ、残念
だったなじいさん。 <後編に続く>