PRAY BY 霞月洋祐
「あかりちゃんっ!」
(玄関のドアが壊れてしまうんじゃないか)
雅史ちゃんが私の家に飛び込んできた時、私が最初に思ったのはそんな下らない事だった。
でもそれ位、大きな音をたてて雅史ちゃんは来た。
『あかりって、ほんっとうにトロいわよねぇ〜』
「ど、どうしたの雅史ちゃん?」
「あらまあ、佐藤君。お久しぶりね?」
「はぁっ、はぁっ、どうもおばさん、お久しぶりです。」
いつになくあわてた様子で雅史ちゃんはぺこりと頭を下げた。
「ところであかりちゃんっ、今すぐ僕と来て欲しいんだ!」
「え?じゃあちょっと待ってて……」
「食事なんかしてる場合じゃないんだよ!」
なんだろう?こんなにも雅史ちゃんが強引な事を言ってるのは初めてだ。浩之ちゃんが強引
なのはいつもの事だけど、雅史ちゃんはマイペースで普段こんな騒ぎ方をしたりはしない。
『ま、そこがあかりらしいっちゃあかりらしいんだけどね♪』
『おめーこそ、もちっと落ち着きってモンを身につけたらどーだぁ?』
『な〜によぅ!ヒロなんかに言われたくないわねぇ。』
「まあまあ、まずは靴を脱いで、落ち着きなさいよ?」
お母さんがおっとりとそんな事を言った。あ、そういえば確かに雅史ちゃんったら靴のまま
キッチンに来ちゃってる。
「私、拭いといてあげるから雅史ちゃんはそこに……」
「だから!そんな事を言ってる場合じゃないんだってば!」
私はやっと、雅史ちゃんの異常に気がついた。
「一体何があったの?」
「それは………」
雅史ちゃんはそこでちらっとお母さんを見た。
「ごめん、ここでは話せないんだ。」
「あら、二人だけのお話し?」
お母さんがちょっとスネた様な振りを見せる。
「すいません……」
しかし、雅史ちゃんはこれをまともに返す。普段なら『いやぁ、そんなんじゃないですよ』
なんて感じで冗談に付き合ってくれるのに。
「とにかくっ!お嬢さんをお借りしますから!」
「え?ちょっ、佐藤君?」
やだ、雅史ちゃんったらおかしな言葉使いになってる!これじゃあお母さんになんか変な
勘違いされちゃうじゃない!
『ねえあかり、真実、って何だと思う?』
『え、えーっと、えーっと………』
「雅史ちゃん私まだ靴を履いてないよぉ!」
私の手を引っぱって玄関から飛び出そうとする雅史ちゃんに、私はあわてて言った。
「いいから早く!」
「よくないよぉ、ちょっと待っててよ?」
「いいんだ!それよりも早く……」
「だって石でも踏んづけたらケガしちゃうよ。」
「タクシーだから大丈夫だよ!」
雅史ちゃんは私を半ば無理やり引きずるような格好で外へ出た。
『あはははは!ウソウソ、な〜に考え込んでるのよ♪』
『え?』
『あはははは……』
『も、もう!志保ったらぁ〜』
『あはははは……』
家の前に雅史ちゃんの言った通り、タクシーが一台停まっていた。
「早く乗って!」
今度は押し込まれるように、私はタクシーに乗る事になってしまった。
「あれ?雅史ちゃんは?」
「僕は浩之を探してくる。」
「え?浩之ちゃん?」
「さっき廻ったんだけど家にいないんだ。」
「あの、雅史ちゃん?さっきから話が全然見えてこないんだけど、一体なにがあったの?」
「……本人から聞くといい…よ。」
その途端、雅史ちゃんがひどく悲しそうな表情になった。
「すいません、さっきの家まで彼女を運んで下さい。」
「あいよ。」
バタン!
ドアが閉まる。何が何だかわからない私を載せて、タクシーは走り始めた。
『あかりってさ〜、ヒロの事好きなワケぇ〜?』
『………!』
『あ!赤くなってるって事は?好き?好き?好きなのね〜っ!!』
「あの、私お金持ってないんですけど……」
どうしようもなく混乱した頭を落ち着かせるべく、私は運転手さんに話しかけた。
「お金?さっきの人からもう貰ってるよ?」
「え?それってどういう事なんですか?」
そう言った私を、見た感じでは五十歳くらいの運転手さんはミラー越しに見て肩をすくめた。
「さあ?オレはさっきのお客さんの言うままに車を転がしてるだけだからねぇ。」
「はぁ……」
雅史ちゃん、一体どこへ私を連れて行くように言ったのだろう?そもそも何故タクシー?しかも私の家に
きた時点で既に呼んでいたという事は?そして私だけじゃなく浩之ちゃんもそこへ行かなければいけない、
って事は……?
一体どうしたんだろう。急ぎの用で、多分電話ではダメで、どこだかわからないけれどある
場所へ行く必要があって、私と浩之ちゃんに共通している一大事?
『今度の連休、みんなでピクニックにでも行かない〜?』
『あ、いいね。』
『よっし、あかり、弁当は任せたぞ!』
『よ、四人分……』
「……え?」
どさくさの中でなんとか持ち出してきた靴を履きながら、私はさっきの雅史ちゃんの言葉に
ひっかかりを覚えた。
「あの、すみません」
私は再度運転手さんに話しかける。
「ん?なにか?」
「あの、雅史ちゃ……あの男の子が『さっきの場所へ』って言ってましたよね?」
「ああ。」
「運転手さんは一緒にその場所に行ったんですか?」
「そりゃそうさ。この車で行ってまた帰ってきたんだから。」
運転手さんは、何を今さら、といった感じで笑う。
「あの、その場所ってどの辺りですか?」
「う〜ん……○○町の住宅街、としか言い様がないなぁ。」
「住宅街?誰かの家って事ですか?」
「ああ、そうだよ。」
「あのぅ、何て言う名前のお宅ですか?」
「いや、悪いけどそこまでは見てこなかったなぁ。あの人に言われるままに走って行ったか
らねぇ。」
『浩之ちゃん、明日は何の日か覚えてる?』
『あ?……知らんなぁ!?たとえ知っていてもオレは何もしないだろう。』
『なぁんだ、やっぱり覚えてるんだ。』
『ちっ、忘れたくてもそんなキャラクターしてねえって。……志保の誕生日だろ?』
静かに景色が流れていく。夜にタクシーに乗るのなんて久しぶりだ。
(おなかすいたな……)
夕ご飯の途中で引っぱり出されたものだから必然ではあるんだけど。
(今日の煮物は結構うまくできたのになぁ。)
タクシーのメーターは2000円を超えている。
(一体どこまで行くんだろう?)
運転手さんは黙々と車を走らせている。
(○○町って事はもうそろそろかな?)
雅史ちゃんはすごくあわてていたけれど、事情も何も知らない私にはその実感がなかった。
『テストどうだった?』
『……雅史、お前最近あかりに似てきたぞ?』
『そ、そうかなぁ?』
『絶対そうだ。なぁ、あかり?』
『なんだかマイルドに失礼な事を言われてる様な気がするのは私だけかなぁ?』
『まあまあ。じゃあ志保は?』
『……うっさいわね。』
『補習確定だとさ。はっはっはっ』
『きぃ〜!バカヒロ!アホヒロ!スケベヒロ!』
……何かが足りない様な気がする………。
『ちょっと待てぇ!バカアホはともかく、なぜオレがスケベなんだっ!?』
『黙秘権を行使するわっ!』
『こ、このかしまし女がぁ〜!』
『……また始まっちゃったね、あかりちゃん。』
○○町……?
『雅史っ!元はと言えばアンタがいらない事を言うからじゃないのよぉ!』
『そ、そんなぁ〜』
『……おい、黙秘権はどうしたんだ?』
私と…雅史ちゃんと…浩之ちゃん……
『まあまあ、志保もそんなに荒れてないで……カラオケにでも行こうよ?』
『バカッ…あかり!』
『あ!いいわね、行こ行こ!』
『……あかりのやつ、なんてマヌケな事を……』
『とうとう火が付いちゃったね……』
『何か言ったぁ?』
…………志保……志保だ!
『もちろん男性諸君のオゴリよねぇ?』
『勝手な事をぬかすなぁ!』
『ご、ごめん。僕、今日はそこまでの余裕はないんだよ。』
『な〜によぉ、テストで傷ついてる女の子にかける情けはないってワケぇ?』
『よく言うぜ!』
なんてうかつ。どうして今まで気がつかなかったんだろう?志保だ。志保に何かあったんだ!
「すいません、急いでください!」
さっきまで暢気にしていた分も併せて、私に不安が襲いかかってくる。
どうしてだろう?どうして私はこんなにも愚かなんだろう?雅史ちゃんがあれだけ取り乱し
ていた時点で、そこから何か感じ取るべきだったんだ。なのに、なのに………
『う〜ん。いい空気ねえ〜♪』
『ほんとだね。』
『なんだか、疲れなんて吹き飛んじゃいそうだね。』
ごめんね志保……私、親友失格だね………
何なの?一体何があったの?私が助けてあげられる事?私が何かしてあげられるの?
ああ、そうだったらどんなにいいだろう!私なんかで役に立つのなら……
でも、でも、もしそうでなかったら……私なんかじゃどうにもしてあげられない事だと
したら………
嫌!そんなのは嫌だ!
『よぅし!あかり、弁当だ弁当!』
『浩之ちゃん……』
『まったく、このノーデリカス男は……しょうがないわねぇまったく!』
『まったくまったくってやかましいなぁオメーも。腹がへったんだから仕方ねーだろ?』
『空気より喰う気、だね。』
『こら雅史!』
『あっはは〜!うまいうまい〜♪』
耐え難いほどの静寂。
タクシーが停まった場所……そこはやっぱり志保の家だった。
「どうする?オレはここで待っていたほうがいいのかな?」
「……………」
「お客さん?」
「……いえ、いつまでかかるかわからないので……ありがとうございました。」
私はそれだけ言うのが精一杯だった。
「そうか……じゃ。またの御利用を。」
ブロロロロ…………
タクシーが走り去る。
残されたのは私だけ。一人、志保の家の前でたたずんでいる私だけ。
「………し…ほぉ……っ」
これから私は対決しなければいけない。この玄関を通り過ぎて、志保が待つ部屋にたどり
着くまで……。
怖い。まだ何にもわかっていないのに、もしかしたら私の考え過ぎなのかもしれないのに……私は怖い。
『志保、お昼ご飯は?』
『……ダイエット中よ。』
(そうだよ……何も悪い事って決まった訳じゃ無いじゃない。もしかしたらみんなして私の事を驚かそうとしてるのかもしれない。)
志保の家はひっそりと静まりかえっている。
(ほら、電気も何も着いていないなんて普通じゃないもの。きっと暗いとこから驚かされちゃうんだ、私。)
普通じゃない……それが「どう」普通じゃないのか。果たして良い方なのか、それとも……
(ふふふ、雅史ちゃんはどうやって先回りしたんだろ?電車かな?浩之ちゃんも一緒なの?)
足が動かない。どうして?
「志保〜?」
私は一声、かすれた声を窓に投げつける。
『志保、カゼだって。』
『けっ、バカはカゼをひかないんじゃない。カゼを知らないんだよ。』
『またそういう事を言う〜。』
足が震える。どうして?全然寒くないよ?
『あかり、金をやるから見舞いに行ってこい。』
『浩之ちゃんは?』
『オレはいいの。』
『……なんだかんだ言っても志保の事が心配なんでしょ〜?ふふ♪』
『あのなぁ、高校生にもなって頭と口を直結させるんじゃねぇよ?』
足がひどく重い。どうして?
「太っ…た……?」
『素直じゃないなぁ〜、浩之ちゃん。』
『アイツほどじゃねぇよ。』
『誰?』
『志保だよっ、まったく。』
「あかり………いるの?」
音が……声が……聞こえた!
志保の声!志保がいる!志保は、志保は……………
バァン!
乱暴に扉を開ける。靴を脱ぐのももどかしくてそのまま二階への階段を駆け上る。
さっきまでの恐怖なんかもう知らない。志保がいる。志保が私を待っている。
後でどんなに笑われたっていい。後でどんなに怒られてもいい。
志保に逢いたい。
「志保っ!志保ぉっ!」
顔が涙と鼻水でべとべとになってる。でも志保になら笑われたっていい!
『あかり……』
『っ!志保?』
『………………』
『………………』
なんでこんなに長いの?二階までがこんなに遠いわけがないのにっ!
『ごめんね、志保。私……』
『……何であかりが謝るのよ?』
『だって私が……』
『違うよっ。アタシが悪かったんだよ。』
『………………』
『謝るのは……アタシの方だよ。』
着いた。やっと着いた。
志保の部屋。私の大切な親友の部屋。
私はこのドアを開けなければならない。
ノブを握り締める。手に力が入らない。
(何をしているの?志保がいるんだよ?逢うんでしょ?……逢うんだよっ!)
ガチャ……………………………
「雅史に聞いた?」
『ごめんねっ!あかり………私は、私は……』
「何も。……おじさん…おばさんは?」
『ううん、私の方こそ………』
「いないよ。……そっか………」
『いいんだよ志保。なにも、もう……』
「ねえ……何が…あったの?」
『どうしてだろうね……?』
「なにも……」
「……って言えたら、どれだけ、どれだけっ……よかったんだろうね……わからないよ」
「私は……神岸あかりは、長岡志保の事を親友だと思ってる。」
「うん……私も…長岡志保も、神岸あかりの事を大親友だと思ってる。」
「だから……聞く権利と、義務があると思う。」
「うん。きっとそうなんだと思う。」
志保はずっと黙っていた。
その沈黙が痛くて、痛くて、私は何度も促そうと思ったけど、できなかった。
志保が戦っている事を、わかってしまったから。
「手首をね、切ったんだ。」
「!………」
「私ね……私ではない、他の何かになってしまいそうなんだ………」
「あかり……これ、見える?」
志保が私の前に右腕を差し出した。
うごめいている!何かが、何かが志保の右腕にいる………
「よく見えないだろうけど…よく見て欲しくもない。……ごめんね、電気は着けない。」
「……どうしたの………これは?」
「わからないよ。病院にも行って検査して貰ったけど、一度は切り取って貰ったけど……
ダメだった。」
「……生きてるの?」
「前はね……腕だけだったんだ。」
「今……は?」
志保がブラウスのボタンを外した。
「気持ち悪いからね……」
前がはだけかけたブラウスの端をつかむ志保の両手が震えているのは、暗闇の中でもよくわかった。
志保が腕を開いた………
「しぃ…っ!」
目が廻る。身体中の血液が頭に押し寄せ、目から涙と一緒に噴き出してしまいそうな錯覚を
私は覚える。
「もう……どうしようもないんだぁ……」
志保が寂しく笑った。
人面塑……
「来栖川……芹香先輩のほうよ?……先輩にね、一番最初に話したんだ……。」
「先輩が言うには…ピグミー、って名前なんだってさ……これ。」
「全長90センチメートルくらいの小人族……だったかなぁ……?」
「来栖川先輩は……なんて?先輩に治してもらえないの?」
「わからない、って。………先週からね、先輩、学校を休んでまで治療方法を探してくれている。でもね、何の音沙汰もない。」
「来栖川の巨大なデータベースにも………多分資料がないんだね……」
志保の目から涙がこぼれ落ちた。
「でもっ!まだそうって決まったわけじゃないよ?今だって多分一生懸命探してくれている
よ!」
私は何かにあせっていた。
今日、ここに私を呼んだ理由がなんとなく…わかりかけていた。
「もうね……私の方が限界なのよ。」
志保はこんな弱音を吐く子じゃない。
「信じられる?頚動脈の傷を塞いだのは、お医者さんじゃなくって、このピグミーなのよ?
私に死なれちゃ困る、ってんでしょうね。……どこからか小さな手が生えてきてさ、それが
傷口と同化して、血を止めちゃったんだよ?」
志保は………こんな子じゃないっ。
「志保…………電気を……着けるよ?」
「……えっ?」
「どうするつもり?」
「最後に志保の顔が見たい………」
「やっぱりあかりは……私の親友だったね。」
白く光る蛍光灯。
それに照らし出された志保の顔には、疲労が色濃く出ていて、目の下には、隈が浮き出て
いた。
「綺麗な顔だったのに……」
「ふふっ、あかりよりもブスになっちゃった……」
「止めないでね………あかり。」
「……………」
「あかり………お願い。」
「………わかった。私は…見てる。見届けるよ……」
志保が茶色い小瓶を取り出す。
黄色い錠剤を持てるだけ取って、飲み下す。
早かった。
志保の身体が痙攣を始めた。
志保の胸の辺りから妙な音が聞こえる……
唸り声?……ピグミーの?
私は物音をたてないように立ち上がり、机の上で鈍い光りを放つ携帯電話に手を伸ばす。
(ごめんっ!志保!)
「神岸あかりはっ……約束を破る悪い友達だったの!?」
志保が叫んだ。
「だ…って…………」
「……親友だもんね………そんな事ないよね。」
「でも私は………志保を助けなきゃ……」
「…わかって、あかり。もう私の意識が無くなりそうだよ……」
それから…………私は……胸を掻きむしる志保を……………
止める事が…………止める事もできなかったんです………
後の方で大きな物音がした…………
けれども私は振り向くことができなかった…………………できなかったんだよ、志保。
<NOT YET……>
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あとがき
霞月洋祐でした。
今回は(も?)かなり異色な作品でした。初めてです、こういうタイプは。
皆様、どのように感じましたでしょうか?
私が小学生の頃、こういう話を読んだ事がありました。
この物語は、その曖昧な記憶、それにジョジョ(第三章のエンプレス)、バイオハザードから
創り出した物です。
私自身、このままでは終われないので、一言だけ。
最後の物音はあなた次第です。
ではまた次の作品でお会いしましょう。