葵ちゃん異種格闘技戦に出るの巻

                              BY 霞月洋祐
 
 

「この試合は第十七式バーリトゥードのルールにのっとって行われます。具体的には
目つぶし、噛みつき、武器の使用禁止。それ以外は自分の修練した技を何でも使う事
ができます」

審判の説明に耳を傾けつつ相手を見据え合う二人の少女。一人は松原葵、もう一人は
川澄舞という女の子。審判の説明が続く中、二人は一瞬たりとも目をそらさず、じっ
とにらみ合っていた。

「勝負は10分間。それまでにKOまたはTKOでの決着がつかない場合は場外の審
査員による判定となります」

ぐっと拳を握りしめる葵、かたや脱力したかの様な手のひらを怪しく揺らす舞。
おおよそ格闘技なぞとは無縁そうな丸い目をした葵、逆にいかにもという感じの鋭い
眼光を鈍く光らせる舞。

まだ一回戦だというのに、好対称な二人のこれからの戦いに場内は涌き返っていた。
 
 
 
 
 

事の起りは浩之が見つけたB4サイズのチラシだった。

「なになに、『た〜な杯争奪異種格闘技大会』……? 葵ちゃん知ってる?」

「いえ……。あ、でもその『た〜な』という名前は……」

「ああ、それはオレも知ってる」

た〜な氏は最近になって頭角を表わしてきた実業家である。なんでも昔は普通の会社勤め
の人間だったらしいが、いつぞやの菊花賞でとんでもない大穴を拾って凄まじいお金持ち
になった。そのお金を元手に事業を起こし、今やテレビだの雑誌だのにひっぱりダコに
なっている、今や日本中誰もが知る『夢の人』である。

「まぁったく、金持ちの考える事はわからねぇなぁ」
浩之がボヤいた。

「だいたいこの人、先月の中山で二千万くらいイチゴサンデーって馬に賭けてさ、日本競
馬連盟から『オッズを一人で操作しないでくれ』とか怒られたって話じゃねーか」

「そうですね。お母さんがワイドショーでもやってた、って言ってました」

「ああ、月宮騎手との癒着疑惑だろ? ホントに、まだ騒ぎも落ち着いていないってのに
異種格闘技大会なんかやってもいいのかよ〜?」
 
 

しかし正直な話、試合の場があれば葵にとって主催者が誰であろうとも別にいいのだ。
エクストリーム本番まであと三ヵ月、浩之の強い勧めもあって葵は参加を決意した。
 
 
 
 
 
 

「うっ……」

ややあってドサリ、と鈍い音。

葵の第一試合は圧勝だった。試合開始と同時に間を詰めていった舞だったが、突く拳出す蹴り、
全てが葵の素早いフットワークで難なくかわされてしまった。
「とぁっ!」
ガラ空きになった舞の横腹に一撃、二撃。たまらず間合いを離すべくバックステップした舞を
これまた葵は素早く追いかけ、苦し紛れに出した舞の手刀をなぎ払ってハイキック。
一分四十八秒、勝者松原葵。

「やったな葵ちゃん! 余裕の勝利だよ」

「はい、ありがとうございます!」

浩之からタオルを受け取り、葵はさわやかに微笑んだ。

「しかしあの女の子、見かけほど強くはなかったみたいだな。うぬぼれかもしれないけど、
なんかオレでも勝てそうだった。ははっ」

ポリポリと頭を掻く浩之。ふと、葵は相手側のコーナーに目をやる。
 
 

「負けた……」

「あはは〜、しょうがないですよ。舞の本業は剣士なんですから」
 
 

悲しそうな目をする葵を見て、浩之は少しだけ困惑する。

「なぁ葵ちゃん、それは葵ちゃんの優しさだけれど……」

「……えっ、あ、ハイ?」

どきっとして葵は視線を浩之に戻す。

「……勝者がいれば敗者もいる。格闘技やっているんだから、それはわかっているよね」

浩之もちょっとつらそうに口を動かした。

「……はい。それはわかっています」

「うん。余計な事かもしれないけど、あまり深く考えないほうがいいよ。葵ちゃんは自分
の力をフルに出し切る事を第一に考えるんだ。ね?」

「はい。……私、そんなに器用じゃないですしね」

葵は苦しそうに笑った。
 
 
 

『優勝者の御剣さんにお話をうかがってみたいと思います。……御剣さん、優勝おめでとう
ございます!』

『ありがとうございます』

『今大会のご感想は?』

『すごい、簡単、気持ちいい!』

『おっと、余裕ですね〜。ところで御剣さんは……………』
 
 
 

300メートルほど離れた別会場では男子の部が既に終了しているようだ。
レポーターのすっとんきょうな声を聞きながら、浩之の心にある種の憤りが生まれていた。

「いつかオレも……立って見せる。あの場所へ、あの場所へ………」

渇望。満たされる事のない格闘の飢えが浩之の身体中に熱いものをたぎらせる。

「せんぱァ〜い! 試合始まっちゃいますよ〜」

しばらくしてかけられた葵の明るい声に、浩之はコートをひるがえした。
 
 
 
 
 

第一試合

広田vs佐々木     八分二十九秒、TKOで広田の勝利

松原vs川澄      一分四十八秒、『ハイキック』で松原の勝利

久保田vs佐野     三分ジャスト、『久保田バスター』で久保田の勝利

笹谷vs荒子      二分十一秒、『ワインドチョークスリーパー』で笹谷の勝利

川名vs春野      七秒、『浩平の頭突き』で川名の勝利

坂下vs土井丸     一分四十七秒、『右正拳突き』で坂下の勝利

早乙女vs高城     四分四十四秒、『火中天津甘栗拳』で早乙女の勝利

藤堂vs後藤      五分五十八秒、『重ね当て』で藤堂の勝利
 
 
 
 
 
 
 
 

「やってくれたな坂下のヤツ……」
第一試合が全て終わると同時に、浩之が低く唸った。
「たいした念の入れ様じゃねぇか。葵ちゃんよりも一秒だけ早く試合を終わらせて見せる
たぁ、あいつ余裕みたいだな」

実際、二人は見ていてそれがわかった。確かに相手の柔道家、土井丸も強かったが、坂下
との実力差は明らかだった。決して坂下が遊んでいたようには見えなかったが、多分意図
的に時間を計って決めに行ったのは間違いないと見ていい。

さてその坂下だが、わざわざ勝利を祝福しに行った葵に『今はあなたと敵同士。話は決勝
戦でつけましょう』とかなんとか言い、とっととどこかに立ち去ってしまったらしい。
多分彼女なりに、これは以前学校裏の神社で葵に敗北を喫した事へのリベンジマッチの
機会と考えているのだろう。
不安がる葵を優しくなだめながら、浩之はそう思っていた。
 

 
 
 

第二試合。葵の相手は空手家の広田。自分がもともとやっていた格闘技、そして坂下への手前
もあり、葵は負けられない。

「がんばれよ葵ちゃん!」

「はいっ!」

浩之の心強い応援を気合いで受け、葵は試合場に降り立った。
 

「はじめッッ!」

同時にどっと湧く歓声。

『青髪〜! ハイキックだハイキック!』
『広田ぁ〜! 負けたら承知しないわよ〜!』
『ティア〜(泣)』
『いけっ、そこだ打て! ああっ何やってんだ!』
 
 

試合開始と同時に、葵は無数のパンチを広田に見舞った。いくつかはかわされたものの、六発が
広田の顔面を捉えている。しかしそれは数量重視、威力は低くたいしたダメージにはなっては
いない。

「はっ!」
広田も負けじとジャブを繰り出し、葵を追い払う。

「とぁっ!」
持ち前のスピードでめまぐるしく攻める葵。
「はぁっ!」
リーチの差を生かして懐に入られまいとする広田。

ビッシィッ!
広田の中段蹴りをかわし、葵が放ったローキックが相手の太股を捉えた。
ぐらり、と姿勢を崩す広田。

「ちぇりゃぁぁぁぁっ!』
ここぞとばかりに葵のハイキックがうなりをあげる。
しかし広田は落ち着いてそれを払い流した。

『しまった、誘われたっ!?』

気付いた時にはもう遅い。

「ふん!」

サイドステップから、175センチの長身をいかして勢いのある手刀を振り降ろす広田。

『間にあわないっ!』

浩之が心の中で叫んだ。今、葵は自分の左側にいる広田に対し、俗に言う八の字足になっていた。
避けられない、受けるしかないのだ。

「とりゃぁっ!」

しかしここで葵は、浩之にも坂下にも、多分綾香がここにいたとしても予測すらつかなかったで
あろう行動に出た。

広田の右手刀を受け、そのベクトルから逃れるかの様に広田の腰を左足で蹴る。一瞬広田が腰に
意識を送った瞬間に、その影響で力が少し抜けた広田の右腕を自分の右足で巻き上げる。ここで
再び広田の意識は右腕にいく。そこで葵は腰を蹴ったままの左足を支点に、一気に飛び上がる。
そしてそのまま左足を右足に絡め、完成。
 

「スタンドの三角絞め!?」
いつの間にやら浩之の背後に来ていた坂下がとんでもない大声を出した。浩之に至っては声も出
やしない。

「ぐぁぁぁぁぁっ!」
広田が叫んだ。絞め上げられるのに加え、葵の体重がそのまま広田自身に重くのしかかっている
のだ。
「おぐぁっ、がばっ、ぐぉぉぉ………」
重い声を漏らしながら、薄れゆく意識の中で広田の頭にひとつの浅はかな考えがよぎる。
『たおれれば、こいつは頭を打つ……』
ふらりと後ろに重心を傾ける広田。

「広田ダメぇッ!」
誰かが叫ぶ。
「かかったっ!」
葵が吠える。

ズシン、という音と共に葵は次の動作に移っていた。

葵に組みつかれていた時、広田は重心を右足7、左足3の割合でかけていた。自然、倒れこむ時
に重心のあまりかかっていない左足が脱力する。
葵はそれを利用した。倒れると同時に少しだけ浮いた広田の左足に両手を伸ばし、一気に引き上
げる。

「なっ……!」

広田が気付いた時にはもう遅い。首と左足を綺麗に決められてしまっている。

「ぐぅ……ぅっ……」

広田は唯一自由にできる左手で葵の脇腹を弱く引っ掻き、しばらくして、タップした。
 
 
 
 
 

「すげぇぜ葵ちゃん! いつの間にあんな技を?」
試合終了後、浩之は喜びに小躍りしながら葵の肩を抱いた。

「以前何かの本でああいう技を……あぅ、あの先輩恥ずかしいんですけど」
「うぃうぃ、葵ちゃんは良い子だ、うんうん♪」

浩之はいとおしそうに葵の頭をなでなでかいぐりかいぐりしている。

「たいしたものね、葵」
目の前でくりひろげられているラブラブシーンに少々あきれながら、坂下が声をかけた。

「ささ葵お嬢様、さぞやお疲れでございましょう。肩なぞお揉みいたしましょうぞ?」
「先輩ったらダメですぅ〜」

「あの、葵? ちょっと私の話を……」

「おお! これはこれはよい筋肉がついた肩ですな〜」
「ひゃぅ、くすぐったいですってば先輩〜♪」

「…………」

しばらくして、一向に人の話など聞こえてすらいなさそうな二人に背を向け、坂下はあきら
めて歩き出した。

「私も恋人、欲しいな……」

空に浮かぶ真昼の月を見上げ、坂下はため息をついた。
 
 

第二試合

松原vs広田      二分十五秒、『綺(あや)』で松原の勝利

笹谷vs久保田     ドロー。判定二対一で笹谷の勝利

坂下vs川名      川名みさき昼食のカツカレーにあたり食中毒。坂下の不戦勝

早乙女vs藤堂     パンダ乱入、両選手を張り倒す。共に試合続行不可能となる
 
 
 

「……喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか……?」
「そうですね」
浩之と葵は顔を見合わせ、互いに苦笑した。

「しっかしずるいよなぁ〜。坂下は第二、第三試合と不戦勝なんだぜ? こんなのって
ありかよ?」
浩之のボヤキももっともだ。自動的に不戦勝となる坂下に対し、葵は第三試合も行わなけ
ればならない。技量うんぬんはともかく、葵と笹谷のどちらが勝ち進んだとしても決勝戦
は体力的に坂下が有利な事は明白だ。
 
 
 
 

その頃、あるチャットでは秘密会議が行われていた。チャット、とは言っても一般には全く
知られておらず、万が一発見出来たとしても特殊なファイアウォールと幾重にもロックされ
たコードにはばまれて入場できない、選ばれた者達だけの場所である。

『大番狂わせだ……』

一言、しかし無機質な文字の中に例えようのない驚きが見て取れる、そんな言葉がモニタに
走った。

『まさか川名みさきが抜けてしまうとはな』

『…しかたあるまい。あれは予測のつかなかった事態だ』

『そうだね。……で、どうする? リザーバーとして零号機を坂下に?』

『まさか!』

間髪を入れず文字が返ってくる。

『ばるかんななぴーはあの様な大会に送っていいシロモノではないはずでしょう?』

『しかし二号機、オプティック七瀬は有給休暇中だぞ?』

『……時給750円の戦士に有給休暇があるんですか?』

『…………』

しばらくメッセージが途切れた。
 
 
 
 
 
 

その頃、浩之と葵は芝生の上で遅い昼食をとっていた。

「先輩、あ〜ん♪」

「あ〜ん………もぐもぐ」

「おいしいですか?」

「ああ、もちろん! 葵ちゃんのお弁当がマズイはずないじゃないか」

「そ、そんな。照れちゃいますよ〜」
 
 
 
 
 
 

『…しかたがありませんね』

青い文字がモニタに走る。

『私のところのぽ○○ちをお貸ししましょう』

『ほ、本当に?』

『ええ。いつも皆さんには不義理ばかりですから、たまにはお役に立たせていただきますよ』

『ありがたい』

『これでいくぶんか試合がひきしまろうというものぞ』

『ただし、忘れないでくださいよ』

『わかっている。<おいなり注意>、だろう?』

『ええ』

『大丈夫、うまくやるさ』

その言葉を最後に、謎の四人はチャットから消えた。
 
 
 
 
 
 

第三試合。葵の相手は柔術家の笹谷久実子だ。

「まずは組みつかれない事だね」

浩之が葵のストレッチを手伝いながら言った。

「そうですね。私、寝技は自信ないですから……」

「ああ。もともと葵ちゃんは立ち技打撃系がメインだし、寝技系は実力が如実に反映されて
くる。そうなったらまず勝ち目はないと見ていいだろうな」

「はい……」

葵の表情が引き締まる。今まで柔術家との試合経験がないだけに、いつもより緊張してしまっ
ている。しかし、エクストリームを目標としている以上、投げ技や寝技を避けては通れない
のだ。

「そろそろですね」

試合場の時計を見て葵がつぶやいた。

「ああ……。なぁ葵ちゃん、久しぶりにアレ、やろうか?」

「え?」

浩之が葵を抱きしめる。

「決勝前に、葵ちゃんの強さを坂下に見せつけてやろうぜ」

「先輩……」

きゅぅん、と鳴る胸。早くなる鼓動。自分の身体を包みこむ浩之の腕が温かい。

「……よし、行こうか」

浩之は身体を離し、まっすぐに葵の目を見つめる。

「がんばれよ、葵ちゃん」

「……はい」

ぱちん、と葵の顔を両手で挟み、浩之は叫んだ。

「葵ちゃんは強いっ!!」
 
 
 
 
 
 

『これより準決勝、松原葵選手vs笹谷久実子選手の試合を開始します!』

アナウンサーが宣告する。同時にどっと沸き上がる歓声。

葵は静かに試合場に立った。

緊張はない。
気負いもない。

あるのは闘志だけ。柔術という初めてのタイプの相手に自分の力がどれだけ通用するか。
精一杯やる、ただそれだけだ。

『両者、構えて』

キリキリと筋肉が引き絞られる。身体が熱い。

『……はじ』

ドグッッッ!

開始の合図が終わらないうちに、鈍い音と共に笹谷の身体が踊るかの様に折れ曲がった。

「なっ!?」

折り崩れる笹谷。その陰にいたのは……
 
 

かわいらしいダッフルコート。頭に揺れるリボン。右手にタイヤキ、左手にスケッチブック。
そして背中に刻印された「萌」の字。

「……僕はコスプレを極めし者……」
 
 
 
 
 

                           <See You Next……>
 
 
 
 

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痕書き

た〜なさん、40000ヒットオーバーおめでとうございます〜!
というわけで霞月です(笑)。

……いかんですね。いや、まぢで皆様から怒られないか心配です(汗)。
でもみんな許してくれるよね?ねっ?

今回はとにかくスピード感を出してみました。イメージとしては怒涛のように迫り来る笑い、
です。結局ギャグに徹し切れてないのはご愛敬(<マテ)。
 

なるべく早く後編の方も送りますので待ってて下さいね。
それではまた!50000オーバーなんてすぐだよっ! G( ̄▽ ̄;)