庫 

【女神のお仕事】

〜めがみのおしごと〜

 

作者 : かすき(自然の小道)

 

 

静かに舞い降りる桜の花びらが、そっとオレンジ色に染まった水面に落ちて小さな波紋を広げる。

すでに日は暮れだし、まもなく月が起きる時刻。

とてとてとスニーカーの軽い音を立てながら、少女は目的地へと小走りに進む。

「う〜・・・暗くなってきちゃった」

少し不安そうな表情をしながら、夕陽に染まったジーパンと胸元にラインの入ったシンプルなTシャツ、そして背中に背負った羽付きリュックをパタパタと揺らして走り続ける。

お気に入りのカチューシャが、ステップを踏むごとに舞いあがる髪を少しだけ押さえていた。

緩やかに流れる川と平行して続く坂道。

時折通り過ぎる人達。

そんな中を、少女は夕陽の沈む早さと競争するかのように進んでいった。

だが、ふと目の前に見なれた制服に身を包んだ学生を見つけると、大きな声で叫んだ。

「あ、名雪さぁ〜ん!!」

「え?」

その声に振り返ると、自分に向かいながら手を振る少女に、思わず笑顔で迎えた。

「わ〜♪ あゆちゃん、早いねぇ〜♪」

「約束の時間に遅れるのは悪いから♪」

はぁ〜はぁ〜っと、名雪の前で立ち止まり呼吸を整えるあゆ。

そんな彼女を、にこにこと笑いかけながらぼそっと呟いた。

「もうそろそろ暗くなるからね、あゆちゃん♪」

「うぐっ・・・名雪さん、いじわるだよぉ〜!」

小さい頃から暗いのが嫌いなあゆのことは知っている名雪は、ついいじわるを言ってしまう。

ちょっと子供っぽい・・けど、可愛らしいその仕草が好きで、羨ましいとさえ思ったこともあるのだ。

「なんか最近、名雪さん・・祐一くんに似てきたよ、いじわるなとことか」

「そ、そんなことないよ! 私、祐一みたいないじわるはしないよ・・・」

少しだけ拗ねたあゆが、ささやかな反撃を名雪にすると、効果覿面(こうかてきめん)・・慌てて否定した。

「あれ? 名雪さんの鼻の頭に、イチゴサンデーのクリームがついてるよ♪」

「ええっ!?」

さらに慌てて、手の甲で鼻をこする名雪。

「・・・・・あ、あれ? でも、今日はイチゴサンデー食べてな・・・・・ああっ!!」

気がつくと、さっきまでそばにいたあゆは、すでに緩やかな坂を登りきり、笑って手を振っていた。

「うにゅぅ〜・・あゆちゃん、うそつきだよぉ〜!!」

ほんのり顔を赤らめ、彼女の後を追う。

「あはは♪ さっきのお返しだよぉ〜♪」

そう言って、あゆもまた駆け出した。

二人の光景は、まるで仲のいい姉妹のように・・いや、それ以上の心の繋がりを見ているかのようにさえ思える。

ゆっくりと沈みゆく夕陽・・・だが、二人の笑顔は消えゆくことはなかった。

そんな少女達に、そっと包むような風が吹きぬけてゆく・・・。

「ただいまぁ〜♪」

元気な声で玄関のドアを開ける名雪。

「おかえりなさい、名雪♪」

まるで彼女が帰ってくるのを知っていたかのように、玄関に立って微笑んでいる秋子。

でも、こんなことは毎日なせいか、特に驚きはしなかった。

「あら?」

ふと、娘の後ろにいる人影に気づく秋子に、名雪が説明をする。

「あ、今、部活の帰りに偶然会ったんだよ。 どうぞぉ〜♪」

その誘いの言葉に、ちょっぴり恥かしそうにうつむいて顔を出す。

「秋子さん、今日はお世話になります♪」

「はい、名雪から聞いてますよ♪ でも、半分だけしか了承しません♪」

「え?」

思わず予想外の返事に、あゆが驚きの声をあげた。

しかし、いたって平静を保ったまま微笑む秋子は、そっと優しい声で囁く。

「あゆちゃん・・・ここは、あなたのおうちでもあるのよ。それに、私達は家族と同じ。だから、ただいま・・でしょ♪」

「そうだよ。家に帰ったら、ただいま・・だよ♪」

二人の母娘は、暖かな眼差しで彼女を見つめて笑う。

何だか照れくさいような、恥かしいような。でも、すごく嬉しい・・そんな気持ちでいっぱいのあゆは、満面の笑みを浮かべてこう呟く・・・。

 

「・・・・・ただいま、お母さん♪」

 

それにつられるように微笑む二人。

声を揃えて一言・・・。

「おかえりなさい♪」

そして、家族の笑い声が響きわたる。

その後、着替えに行く名雪やキッチンに行く秋子の後ろで、密かに涙を拭うあゆの姿があった・・・。

もう一人、キッチンでも・・・・・。

すっかり夜も更けた時刻。

時々遠くから聞こえる野良犬の遠吠えが、微かに聞こえる名雪の部屋に二人はいた。

楽しい夕食の団欒(だんらん)、何気ない家族の会話。

普通の家庭では当たり前の光景だが、あゆにとっては数少ない至福の一時だった。

そして今、あゆと名雪は眠る前の会話に花を咲かせている。

「ごめんね名雪さん、ベッド取っちゃって・・・」

「ううん、いいよ。私はどこでも寝れるから♪」

いつもはベッドに寝ている名雪は、その場所をあゆに譲り、自分は床にお客用の布団を敷いて入っていた。

部屋の電気を消し、机の上のスタンドライトをつける。

すると二人はうつぶせになって、両腕をついて話し出す。

「ねぇ、名雪さん」

「ん? 何?」

「祐一くん、明日の朝・・ちゃんと帰ってくるかなぁ〜・・・」

「う〜ん・・大丈夫だと思うけど・・・」

今から一週間前に、祐一の両親もこちらへ引っ越してくるとのことで手伝いに戻った彼は、明日帰ってくる。

それで、あゆもこうやって待っているのだ。

「でも、祐一くんはいつも遅れるからね♪」

「ほんとだよ! 私もずっと待ってたのに、結局今頃来たし・・・」

ふと数ヶ月前の再会を思い出す名雪・・なぜか突然笑い出した。

「ふふふっ♪」

「ど、どうしたの・・名雪さん?」

思わず身を起こして、床の彼女に問い掛けた。

名雪はごろんと仰向けになり、天井をじっと見つめて呟く。

「あのね、あゆちゃん・・」

「何?」

「・・・私ねぇ、祐一が帰ってきた日・・わざと遅れて行ったんだよ♪」

そう言って、ちょこっと苦笑いしてしまう。

「それって・・・」

「そう、待たせた仕返し♪」

視線を天井からあゆに向けて微笑む。

「だって、いつも待たせて・・遅れて・・・それでも、いじわるしてくるんだもん!! だから、仕返ししたの♪」

ぺろっと舌を出して、照れ笑いを浮かべた。

「あはは♪ でも、ボクも同じようなことしてるんだよ♪」

「え? あゆちゃんも?」

「うん♪ 街で祐一くんを見かけたら、思いっきり抱きつくんだ、ボク♪」

そう言いながら、頬を染める。

「最初はなぜだか、懐かしい気持ちだけだったんだけど、いろいろ思い出していくうちに・・ああ、ずっとボクが探していたのは、祐一くんのところなんだ・・・ボクの居場所は祐一くんのところなんだって」

「・・・・・そっか」

二人がそっと天上を見上げて語り続ける。

「祐一くんに触れるたび、何だか安心する気がして・・不思議に気持ちいいんだ・・・」

「・・・私もね、昔、祐一によくいじわるされたけど、なぜかほっとけなくて・・・」

「それは、きっと・・・名雪さんも祐一くんが好きなんだよ♪」

「ええっ!!」

不意に飛び起きる名雪だが、あゆは体を横に向けて名雪を見るが、寝転んだまま微笑んで話し続けた。

「名雪さんも、知らないうちに祐一くんのことが好きになってたんだよ、きっと♪ だから、気になるんだよ」

「・・・・・・」

顔を真っ赤にしたまま、何も言えない名雪は静かに体を横にした。

そして、今言われたことを脳裏で考える。

『そうなのかな・・私、祐一のこと・・・好きなのかなぁ〜・・・』

ぼんやりと天井を見つめて考えてる彼女を見て、あゆがそっと囁いた。

「ボク、名雪さんに負けないからね♪」

「えっ!」

突然の言葉に、思わず驚きの声をあげる。

「あゆちゃん・・・」

「ねぇ、名雪さん。もし、祐一くんがボクか名雪さんのどちらかを選んでも、恨みっこなしだよ♪」

そう言って、スタンドライトに照らされ、ほんのり頬を染めたあゆ。

にっこり笑って、小指を差し出した。

それを見つめる名雪。

「・・・・・たぶん、私も祐一のこと・・好きだから・・・」

ゆっくりとその小指に自分の小指を絡める。

「だから・・私も負けないよ♪」

「うん♪ 正々堂々、頑張ろうね♪」

「ふぁいと、だよ♪」

お互いに見詰め合い、くすくすと小さく笑いあった。

やがて、名雪がスタンドライトを消し、部屋に暗闇が訪れると、カーテンの隙間からわずかな月の明かりが差し込む。

しばらくして、床に寝る少女の寝息が聞こえてくる。

それを確認すると、あゆは静かにベッドから降り立つ。

それとほぼ同時に、部屋の入り口のドアが音も立てずに開いた。

「秋子さん・・・」

「・・・・・行きましょうか」

「・・・はい」

ゆっくりと階段へ向かう秋子に、あゆも後へついてゆく。

部屋のドアを閉める間際、ぺこりと頭を下げて呟いた。

「名雪さん・・・勇気を出してね。・・・・・・約束、だよ♪」

そして、部屋に暗闇が戻っていった・・・・・。

翌日。

「名雪ぃ〜、祐一さんがいらしたわよぉ〜!!」

階下から聞こえるその声に、ベッドで横になる名雪が反応する。

「うにゅぅ〜・・・祐一ぃ〜?」

寝ぼけ眼で上半身を起こすと、数回目をこすって呆然と辺りを見渡す。

「・・・・・あれ・・私、ベッドで寝たんだっけ?」

眩しいくらいの朝日がカーテンに映し出され、部屋全体が照らされている。

「昨日、誰か泊まりに来てたような・・・」

ベッドにちょこんと座っている名雪。

だが、他には誰もいなかった・・・。

思い出そうとするが、なぜか思い出せなかった。

その時、ふと自分の小指を目の前に持ち上げ、じっと見つめる。

「・・・・・なんだろう・・誰かと、大切な約束した気がしたのに・・・」

「おぉ〜い、名雪ぃ〜?」

「わっ! ゆ、祐一来てたの?」

ふと、彼の声で我にかえると、飛び起きて階段を駆け下りていった。

誰もいないはずの名雪の部屋に、突然二人の姿が現れる。

「・・・ありがとう、ボクの最後の願い事を聞いてくれて」

「いいえ・・・これも私の仕事ですから♪」

そう言って、静かに瞳を閉じる。

「でもね・・」

彼女は少女の体をそっと抱き寄せると、優しく囁いた。

「いつかあなたが生まれ変わったら、その時も・・私の家族ですから。それを忘れないでね・・・」

「・・・・・はい♪」

抱き寄せられた体をさらに預け、その温もりを忘れないようにするかのようだった。

そして・・・・・。

「おやすみなさい・・あゆちゃん・・・・・」

ゆっくりと・・ゆっくりと消えてゆくあゆ。

最後、消える瞬間に一言呟いた。

 

『ありがとう・・女神さま・・・ううん、お母さん・・・・・・』

 

暖かな春の陽射しを受けて歩く二人の恋人達。

「ねぇ、祐一・・・」

「ん?」

少しうつむき加減の名雪だが、何かを決意したかのように小指を見て彼に振り向き、耳元で囁いた。

「あのねぇ・・・・・私、祐一のこと・・好きだよ♪」

そっと吹きぬける風に乗って舞い降りる桜吹雪。

まるで、彼女のその勇気を称えるかのように、二人を包み込んだ。

そして組まれる腕に身を任せ歩き続ける若者を、空からそっと微笑む少女・・・。

 

『名雪さん・・・約束守ってくれて、ありがとう♪』

 

背中に純白の羽をつけた少女はそう言い残すと、静かにはばたいていった。

やがて恋人の季節は、本当の春へと続く・・・・・。

 

 

 

 

〜Fin〜

 

 


【あとがき・・のようなもの、加奈?(笑)】

 

ど〜も〜♪ いつもティアを狙われている父親・『かすき』です♪(爆)

今回は、た〜なさんのHP【魔法の書庫】の開設1周年を記念して、このようなSSを贈らせていただきました。

ちょっとほのぼの過ぎたかなと思って、最後を変えてあのような展開にしてみました。

最初は、そのまま2人の会話でじゃれあう・・で、何の変化もなしだったんですが、無理があったかな?(苦笑)

秋子さんの職業が気になっていたので、こんなのはどうかな? と思って書いてみました。

ほんとは○神にしたかったんですが、お祝いに○神はまずいと・・・。 (⌒▽⌒;

とにかく、めでたい記念ですので、心からの祝福を捧げたいと思います♪

でも、ティアは捧げません!!(爆)  p( ̄ー  ̄#

出来れば40000HIT記念にあげたかったのに、遅れてごめんね!

これからも、皆さんの集まる憩いの場として輪が広がることを祈りまして、挨拶に代えさせていただきます。

 

『本当におめでとうございました!! そして、これからも・・ふぁいと、だよ♪』 (*⌒ー⌒*)b

 

では、また・・失礼します。 o(_ _)o

 

2000.4.30. 『自然の小道』 : かすき(風水樹)