YASUHIRO  独り言  

山と医療の本音トーク

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1月18日(土)

例年1月2月は雪が降り足元が悪いので遠方から内視鏡検査に来られる方は他の月に比べれば減るのではあるが今年は暖冬で足元が良いので今月も連日検査が忙しい。今週は毎日大腸カメラは20件を超えてもうクタクタの毎日である。大腸カメラは検査だけではなくポリープなどの病変が見つかれば引き続いて切除を行わなければならないから時間もかかるし神経も使う。今日も3cm弱の大きな病変が見つかり切除はかなり気を使った。内視鏡手術は安全第一で絶対にトラブルを起こすことは出来ないのである。そう山と同じである。

大腸カメラも山スキーも地獄のように難しい場合がある。しかし安易に諦めない、どんな状況でもさくっとミッションをこなす、そして安全に完了してなんぼの世界である。

先日の白山ではコーエーのクトーの効きがイマイチでスリップしていた。一度尾根で滑落しそうになった。クトーの効きが悪い場合はクライミングサポートを下げるか、予めクトーに下駄を付けてクライミングサポートを上げたときに靴とクトーに隙間を作らないことである。

下駄は軽くて丈夫な方が良い、昨日傷んだ下駄を交換すべくコルクを輪切りにしてボンドを付けて作成した。これで明日はバッチリである。

コルクは軽くて丈夫で最適


1月17日(金)

昨夜はご近所の医師会の先生たちとの新年会があったので参加した。近所の先生たちは小児科、皮膚科、整形など様々な科があり専門外で困った時には紹介し合うので日頃から良い信頼関係を築いておかなければならない。こうした集まりには積極的に参加しておいたほうが良い。

意外な趣味を持った先生もいて驚いたりすることもある。65歳になった先生がようやく年金がもらえると役所へ行ったがだま仕事をしているからと支給されなかったと憤慨していた。65歳でも仕事をしていると年金はもらえないのだろうか、政府は70歳まで働かせようとしているが年金を支給したくないそんな腹黒さがあっての働き方改革なのかも知れない。就職してから多分自分も長年年金積み立てをしてきたはずだが収入があると一生もらえない可能性もある、調べてみよう。そうなら国による詐欺みたいなものである。日本という国は頑張って働けば働くほど損をしてしまう国なのかも知れない。

相変わらず寒気は来ない、山スキーをするには高い場所、体力がある人しか楽しめないそんな時代になってきた。温暖化に対抗するためにはシーズンオフの体力作りが生命線になるマジでそう考えてしまう。

温暖化の新たなスタイル


1月16日(木)

コーエー君と二度目のコラボ、1月の水曜は全部休みにしましたとやる気満々、モチが高い人は大好きだ。なら是非地獄体験を、地獄体験を積めば山スキーにおいて安全性は確実に高まると考えている。自然とは天国と地獄が表裏一体、その両方を知ってこそなんぼの世界でもある。

深夜1時平瀬ゲート発と約束した。白川郷SAで時間調節をしているとコーエーもやってきた。深夜0時を過ぎ割引適応になって高速を下車してゲートへ、しばらくで彼も到着。

ゲートからチャリを使う、どこまで行けるだろうか、日当たりが良い間名古谷出合辺りまで行ければ上出来だ。スキーを担いでガシガシ漕いで行く、すぐに雪が出たが端っこは雪が溶けてるのでそこを進む最初のトンネルを過ぎた辺りから雪が増えだした。場所によっては深くて押し歩きをする場所もあった。頑張って雪道を間名古谷出合までもう限界だ、ここでデポしよう。大体半分、残り6km、市ノ瀬ー別当出合と同じ、ブーツラッセルを二人で回して3時間20分かかってようやく登山口に着いた。甘くなかった。

12月に大魔人と来た時より格段に雪は増えていて50cm以上はあった。当初薄く月も見えていたが雪が降り出し以降は止むことはなかった。2日前からの降雪で雪は深くてスーパーファットでも樹林帯はブーツラッセル、下部では藪もまだあるので楽ではない、標高1800mを超えると雪は増えもうどこでも歩けるくらいだった。ここまではとてもしんどかった。

早く避難小屋で休憩したいが中々たどり着けない、登山口から4時間弱かけてようやく小屋が見えた。半分埋まっていた。裏から窓を開けて中に潜り込んでようやく安堵した。ここから上は地獄だろうからダウンに地獄ゴーグル、地獄帽子をかぶってもう大丈夫。外に出て雪の中気合を入れてピークを目指そう。

小屋から上のルート取りはラッセルが軽減できる風の強い稜線上をメインに進んだ。地獄経験のないコーエーは難儀しているが核心部は僕が先頭で進むので問題なかった。2250mでカンクラ雪渓に入る、全く視界はなくホワイトアウトだった。コース取りを指示しながらピークを目指す。風も強くなりだしコーエーさらにビビりだしてくるがこれはまだ二丁目二番地ほどと問題ないと励ます。

数日前はカチカチだったが今日は新雪で氷は隠れて逆くの字からスキーで山頂まで登り上げた。ホワイトアウトの山頂で写真を取り合い奥社でお参りした。もう時間は11時もたもた出来ない。今日は山頂からホワイトアウト滑降だ。コーエーは経験ないだろうから、とにかく僕の背中を見てすぐ後ろを滑るように指示した。ホワイトアウトでも先行者がいれば滑れる。僕が先頭でGPSで現在地を確認しながら滑っていく。慣れたものである。とにかく僕に着いてくるように。

無事カンクラ雪渓に入りもう大丈夫だ。2250mまで標高差500m下ってようやく視界が出た。もう楽勝でしょう。後はパウを頂くだけ、小屋手前鞍部までマンダムなパウであった。生きてて良かった。今日はスーパーファットじゃないと絶対楽しめない深雪だった。ここでシールを張りしばらく登り返して後は登山口まで快適パウと行きたいところだが降り続く雪でトレースは隠れてしまい、時折コースを外れて復帰に難儀した。

13時44分無事登山口に着きここからまた林道ラッセル、よく積もった。間名古谷まで交代でラッセルして雪に埋まるチャリが見えた。雪道を帰りも雪まみれのチャリを漕いで這々の体で平瀬ゲートにたどり着いた。1月の平瀬道は初めての記録だろう。コーエー君も感激でウルウルしていた。今日の山行でかなり経験値は上がったはずでより安全な山スキーが実践できるだろう。

平瀬道の詳細記録へ  コーエーのブログへ

0.42 610m 平瀬林道ゲート
4.00 1240m 平瀬道登山口着
4.28 1240m 平瀬道登山口発
8.11  2000m 大倉山避難小屋発
10.48  2702m  白山山頂着
11.21  2702m  白山山頂発
12.21 2000m  大倉山避難小屋
13.44 1250m 平瀬道登山口着
16.50 610m 平瀬林道ゲート

大白川ダムは冬でも明かりがついている

雪は降る、、、

山頂ピンポン

パウ

帰りも林道ラッセル


1月15日(水)

どんな状況でもピークを獲って安全に降りてくるのが地獄軍団のポリシー、地獄軍団に興味津々のコーエー君、案ずるより産むが易し、僕たちがどんな覚悟で山スキーをやっているのか!地獄確定の本日是非地獄体験してもらおう。前回同行時はピーカンの白山であったが今日はこの時期当たり前の白山である。

詳細は明日までに書くとしてチャリは間名古谷出合まで、ここから山頂まで延々とラッセルした。視界は悪く山頂から標高差500mはホワイトアウト、一日雪が降る天候で帰りの林道もラッセルしてチャリまで戻った。

本当に難儀な一日で15時間以上かかってしまった。コーエー君は最後までめげずに頑張ってくれた。コーエー万歳!詳細は明日までにコーエー君がヤマレコに

ここまで4時間弱、ラッセル辛かった

雪深すぎでしょう

まさかの帰り林道ラッセル、チャリも使えなくなるくらい降り積もった


1月14日(火)

昨日は天気もイマイチで白山の疲れもあるのでかみさんを連れて穴水へ牡蠣を食べに行ってきた。研修医の頃穴水病院で勤務していたことがあるので穴水には詳しい。牡蠣を食べるなら民宿の前の穴水湾で自前で養殖しているかき浜が一押しだろう。久しぶりにのと里山海道を飛ばして穴水へ

少し早めに着いて11時スタート、一番乗りであった。まずは炭火で焼き牡蠣である。ドカンと牡蠣が山積みされていて炭火で焼いて食べる、生焼が美味しいのだがよく焼かないとあたるのでしっかり焼いてトロトロで食べる。これだけでもお腹は一杯になるくらい、さらに牡蠣の佃煮、どでかいカキフライ、更に牡蠣ご飯と大満足であった。


1月13日(月)

白山は東面の様々な谷や尾根の開拓など多くの足跡を残してきた。ただ一番多く通っているのは石川県側ではあるがこちら側の湯ノ谷や別当谷は何度も滑降したが甚之助谷だけは一度は滑らなくてはと考えていたが機会はなかった。

初めての谷というのは何が出てくるかわからない怖さはあるが期待感は大きい、コロンブスがアメリカ大陸を発見した時も同じ気持ちだっただろう。もちろんスケールは違うけれども

過去には記録のない奥大日岳のカスミ谷、焼岳の黒谷、天狗原山の浅海川をはじめ多くの未知の谷へエントリーしてきたが行けた時の感動はひとしおで今では定番コースになっているコースも有る。未知の谷へ入るには余力がなければならない、もし行けなければ登り返す余力がないと進退窮まってしまう。

昨日の甚之助谷はエコーラインから見下ろすとうまく左岸に雪が繋がっているのが見えてこれは行けると確信した。途中崖場やジャンプ渡渉などもあったがほぼ完璧なコース取りで無事林道に合流できここも定番コースに仲間入りさせても良いかなと思った。

誰かが開拓したコースは正直興味はないが未知のコースはいつでもワクワクして冒険心一杯である。

甚之助谷へ

快適な谷でした

甚之助の三角岩


1月12日(日)

今日は白山へ新年度の初詣に行ってきた。メンバーは地獄軍団の大魔人、がんちゃん、兄ちゃん、パクの5人、パクは前日も白山へ行ってて二連ちゃんである。

深夜0時白峰発と約束してある。午後から雨が降るので午前中に帰還する予定である。今日のミッションは甚之助谷を滑降すること、自身何度も白山へ行っているがまだ甚之助谷は滑っていない、果たして滑れるのか?見たことがないから楽しみである。

白峰に着くともうメンバーは全員揃い、次々に出て行った。残るはパクと自分、最後に白峰を出て皆を追う。パクの後ろに付けば楽だろうという甘い考えは通用しなかった。怪獣パクが百万貫を過ぎてペースを上げた。辛い、必死に付いて行く。途中でパクがいきなり凍った道で転けた、自分も巻き込まれて思いっきり転けて左腕を強打した。人生こんなもんである。

市ノ瀬まで自転車は入れてほぼ皆同時に着いた。出だしからめちゃ疲れた。ここからスキーで歩き出すが橋を渡ると雪は切れ釈迦岳分岐手前でようやく雪は繋がった。ここからスキーでガシガシ別当出合まで2時間40分で到着、上出来だろう。

休憩舎で大休止して一本橋を渡ると雪は豊富で石畳も問題なくスキーで上がれた。中飯場を過ぎても登山道をメインに歩くしかない。暖冬雪不足は明らかである。5時過ぎに甚之助に着くと前泊登山者が7名ほどいて朝食を食べていた。早々に小屋を出てモンスタールートからエコーラインを目指す。モンスターはまだ出来ていなかった。エコーラインから弥陀ヶ原に出ると夜が明けてサンピラーが見えた。長い白山の登山歴でも始めて見るサンピラーだった。皆で写真に収めて室堂へ急ぐ。

室堂の鳥居は半分くらい埋まっていた。雪は豊富だったが室堂から上はカチカチで氷の斜面だった。途中までクトーで登るがたまらず皆板を担いでアイゼンに切り替えた。自分はスキーで登れるコースが読めたのでそのままスキーで歩き通したが心臓にマジ悪かった。最後山頂手前15mでスリップしてしまいヤバかったが先に着いた大魔人が手を貸してくれて無事登頂。

奥社でお参りして42ヶ月連続登頂となった。さあ山頂から滑走だがどこもカチカチ、エッジが外れればただでは済まないから安全なコース取りに終始して何とか室堂に着いた。ツボ足登山者はどこを登っているのか全くクロスしなかった。

エコーラインから甚之助谷へ未知のコースである。報告のないコースだが仲間がいればどうにでもなる、行けなければ登り返すだけだ。皆余力十分である。甚之助谷は快適で雪は豊富だった。三角岩があってびっくり、左岸をメインに滑り途中で右岸に乗り換えてちょいと行けば林道に出た。完璧なコース取りだった。これからの定番になりそう。

中飯場に着くと後は別等出合まで滑り込むだけ。あっという間に着いて一本橋を渡るとボブスレー、市ノ瀬でチャリに乗り換えて一番手で白峰に着いた。後片付けをしているとポツポツと降り出した。終わってみれば二重丸素敵な一日だった。 詳細はヤマレコへ

23.44 510m 白峰ゲート発
0.43 830m 市ノ瀬
2.26 1240m 別当出合
3.44 1500m 中飯場
5.11 1970m 甚ノ助ヒュッテ
7.11 2450m 室堂
8.07 2702m 白山山頂
8.23 2702m 白山山頂発
9.07 1500m 中飯場
9.34 1240m 別当出合
10.09 830m 市ノ瀬
10.29 510m 白峰ゲート

弥陀ヶ原でサンピラー

登頂

甚之助谷へ落ちていく

左岸から右岸へジャンプ一発!


毎日が完全燃焼できる日々を過ごしたい、人生は長いようで短い

 

                             

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