山との出会い

その出会いは鮮烈であった。今から9年前32歳の夏である。

たまたま立山黒部アルペンルートのバスに乗り合わせ窓越しに見えた夕映えの剣岳の
その屹立とした圧倒的な迫力に僕は目を奪われ,是非ともこの山に挨拶に行かなけれ
ばと若き血潮が燃えたぎったのであった。

これまで小学校から大学まで卓球・テニス・剣道・自転車と色々なスポーツをやった
がいずれも長続きはせず挫折していた。正直おもしろくはなかったから続かなかった。
剣岳に出会うまではまともな山登りの経験も無く,技術も体力もなかった。大学卒業
後お決まり通り医局に入り日々診療と実験に追われる毎日が続いていた。実験もはか
ばかしくはなくその当時僕は精神的に疲れ果てて悶々とした毎日を送っていた。人間
好きなこと以外にはなかなか打ち込められないものである。まさに‘好きこそものの
上手なれ’である。

そんな折りたまたま富山県立中央病院に出張となり,たまたま乗り合わせたバスから
見た剣岳にこれほどまでに心を打たれるとは思わなかった。剣岳を見ていると自分の
悩みがいかにちっぽけなものか改めて分かった。その当時ろくろく山登りもしたこと
がなかった僕がいきなり岩と雪の殿堂として知られる剣岳に登ろうと思い立ったのだ
から今考えると無茶苦茶な話である。ただし決意を実行に移すのにそれほど時間はか
からなかった。

帰宅後僕はすぐに登山店に出向き靴・ザック・テント・寝袋など登山具一式を揃え無
鉄砲な初めての僕の山登りが2週間後にスタートした。20kg以上の荷物を担いで室堂
から雷鳥沢を登ったときは正直死ぬかと思った。5分ごとに休まなければ足がついて
いかなかった。やっとの思いで剣沢にテントを張ったが夜は寒くてまともに眠れなかっ
た。しかし負けん気だけは人一倍強い僕は翌日ヘトヘトになりながらも岩にしがみつ
いて何とか剣岳2998mの山頂に一人で立つことが出来た。当日は快晴で山頂から富士
山や日本海が見渡すことができ僕はこれまで味わったことのない充実感に包まれた。
それ以後僕の独学の山登りはスタートした。ただし独学故限界があったのも事実であ
る。

それから2年後たまたま病院の検診で来院した患者さんが文部省登山研修所の前所長
であり,‘山が好きなら一度研修所に遊びに来い’と誘われた。事情のよく分からな
いまま即決で僕は医療講師として研修に参加することになった。この研修所の講師は
ヒマラヤを舞台に活躍するような日本を代表する登山家たちの集団であり。その中で
毎回研修会に参加する僕は好むと好まざるに関わらず深く山の世界に傾注することに
なっていった。主に大学山岳部の学生の登山指導を行うのだが医療講師の僕も他の講
師にもまれながら知らず知らずのうちにハードな登山技術・体力を求められそれ以後
僕は北アルプスを舞台に自主トレーニングに明け暮れた。

その後ますます山好きになった僕は全国の山旅を続け気がつけば北アルプスのほとん
どの山をさらに3年前には日本百名山をすべて制覇してしまっていた。山に関するこ
となら岩登り・沢登り・藪漕ぎ・冬山・山スキーと何でもやるが最も好きなスタイル
は山スキーである。

開業して連休の取れない現在僕はスキーを利用した速攻の単独登山に明け暮れている。

僕にとって山登りとは自己との挑戦,非日常的世界への探検であり,その過程に困難
が伴えば伴うほど燃えてしまうのである。

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