山と遭難

山とくに冬山を単独で登っていると人に話すとどうしてそんな危険なことをするのか?
冬山なんておやめなさいと忠告してくださる方のほうが圧倒的に多い。はたして山は
危険だろうか?自分自身に問いかけてみても結論は出ない。ただし山で命を落とした
知り合いも一人や二人ではすまないのも事実である。

現代社会では山に限らず危険が一杯である。街を歩いていても交通事故に遭う可能性
もあるわけだし,仕事中でも先のアメリカのテロ事件のようなこともある。自宅で寝
ていても阪神大震災のように家がつぶれて命を失うことさえある。だから僕自身は山
だから危険だとは思っていない。

大切なことは山を登るための体力,気力,技術,経験を持ち合わせているかどうかだ
と普段から感じている。もちろん山では普段以上に慎重かつ臆病になってしまう。さ
らに自然に対しては常に謙虚であるべきだと思っている。

これまで何度か危険な目にあったが仕事にあなをあけたり,入院したりする羽目にな
らなかったことは不幸中の幸いかも知れない。思い出せば幾多の危険の中で最たるも
のは今から5年前の冬山の出来事だろう。

その年の12月僕は単独で後立山連峰の唐松岳で冬の朝焼けの写真を撮るために稜線で
テントを張っていた。北アルプスで冬の朝焼けの写真を撮るのはかなり困難と苦痛を
伴う。当然真っ暗な時間にテントを這い出して撮影ポイントに行かなければならない
し,時には氷点下20〜30度にもなる厳寒の中で写真を撮らなければならないからだ。

その日もいつものように強風の中朝2時には起床しテントの中で写真を撮りに出るた
めの準備をしていた。テントの中では灯りをとるためにロウソクを灯すことはよくあ
るが,寝起きで頭がさえておらずロウソクをともしていることをつい忘れてしまい,
テント内でコンロにガソリンを注いでしまった。本来ならテントの外でやるべきであっ
たが強風でとても外に出ることが出来なかったのである。

あっと気づいた時は既に後の祭り,テント内でこぼれたガソリンにロウソクの火が引
火してしまい一瞬でテント内は火の海になってしまった。服に燃え移った火を消すた
めに即座に僕はテントを引き裂いて外に逃れ雪の上に転げ回った。着の身着のままほ
とんどの装備を放棄して僕はたった一人真冬の稜線に放り出されてしまった。折から
の強風であっという間にテントは全焼してしまい,大切な装備を失った僕は暗闇の中
でとにかく雪洞を掘ることにした。何とか明るくなるまで強風を避け,寒さを耐えし
のがなければならなかったからだ。普段から雪洞掘りになれていた僕は必死になって
穴を掘り強風と寒さから身を守り明るくなるまで何とか切り抜けることが出来た。

怪我は大したことは無く手のひらの火傷と髪の毛を少し焼いただけですんだが,一歩
間違えば取り返しがつかない場面であった。この事件以後も時として危険な場面に出
くわすことがあったが,何とか切り抜けてきた。それでも山は止められないからある
意味では病気なのかも知れないと自己診断している。
鹿島槍の夜明け

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