記憶に残る山小屋

全国色々な山を登っていると記憶に残る小屋も色々あるものである。僕自身は基本的
に山小屋にお金を払って泊まることはしない。折角自然と静けさを求めて山に入るの
に下手をすればたたみ1畳に数名も押し込まれる小屋なんかには泊まりたくはない。
山というものは自分の力で登って初めて価値があるものであって自分で食料やテント
一式を担いで山に登れなくなったらもう山は引退する時だと感じている。

一般的に山小屋の管理人にはよい印象がない。普段から医院にわざわざ来てくれた患
者さんには感謝の気持ちで一杯で当然お茶ぐらいはお出ししても当たり前だと感じて
いるのだが,登山中に大雨や強風の中何とか山小屋にたどり着いた場合でも対応は素っ
気ないことが多く,下手をすれば軒先で雨宿りをしていても休憩料を請求されること
さえあるからだ。そこには営利主義が見え隠れする場合が多く小屋番と喧嘩をしたこ
ともありはっきり言って好きになれないことが多かった。

しかしこの小屋は違っていた。ある夏の日僕は金沢から遙々神奈川県の丹沢山に沢登
りに出かけた。登山口の近くの河原でいつものように車中泊をしようと車を止めてい
たところたまたま一人のおばちゃんが他府県ナンバーの僕の車を見つけてよく遠いと
ころを遙々来たねーと声を掛けてくれた。そのおばちゃんは近くにある戸沢山荘とい
う山小屋のおばちゃんであった。今から小屋の前でバーベキューをするから来ないか
と誘われた。小屋に対して良い思い出の無い僕はそんなことで誘って小屋に泊めさせ
ようと言う魂胆だろうと半信半疑だった。何度か声を掛けられ仕方なく小屋に立ち寄
ることにした。そのおばちゃんは炭をおこしてバーベキ?を始めながら山の話を色々
としてくれた。バーベキューは豪華で肉や野菜が食べきれないほど出てきた。おまけ
に酒もケース一杯出されて好きなだけ飲んでもいいよと言われてしまった。もちろん
今日はお金は一切いらない,遠路遙々やってきた人に対する私の気持ちだと言ってい
た。身も知らずの僕に対するあまりの好意に申し訳なく僕はお金を差し出したが受け
取ることはなく,今日は泊まる人もいないから車でなくただで小屋に泊まってもいい
よとさえ言ってくれたのであった。

翌日僕は沢登りを堪能し無事下山して昨日のお礼にと挨拶しに小屋に寄った。おばちゃ
んは更に昼食をご馳走してくれおまけに横浜名物の中華饅頭を土産に持たせてくれた。
身も知らずの遠路山を登りに来たと言うだけの僕にこのような親切をしてくれるなん
て,このような小屋もあるのだと僕の心は洗われた。金沢に帰宅後僕は金沢の名産品
を礼状と共に送ることにした。それ以後もおばちゃんとの手紙の交流は続いており,
開業の連絡をした時も開業祝いの版画を頂いた。

このような親切をこれまで山では受けたことはなく僕にとっては忘れられない小屋と
して今も記憶にとどめている。
戸沢山荘のおばちゃん

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