毛勝山での滑落事故

その日僕は友人を連れ標高差1500mの日本でも有数の雪渓を持つ毛勝谷の滑走を目指
していた。毛勝谷は日本二百名山の一つで剣岳の北に聳える登山道のない毛勝山から
落ちる急峻な谷であり,この山に登頂するには残雪期にこの谷を登り詰めるしかない。

数々の北アルプスの山や谷を滑りまくってきた僕だがその頃もう普通の谷の滑走には
飽きており,より急峻でスリルのある谷を滑ることが快感になっていた。この谷を更
に急峻な毛勝山南峰から滑り降りる予定であった。

毛勝山に登頂して友人を待つこと30分彼もバテバテになってついに標高2414mの山頂
に到着した。360度のパノラマを楽しんだ後さてお目当ての滑走ポイントに移動した。
毛勝山南峰から見下ろす谷は上からだとまさに絶壁に見えるほどの急な斜面であった。

こんな所で転倒したらまさにボブスレーの如く下まで滑落して体中バラバラになって
しまうなと恐怖感にさいなまれた。ならば止めればいいのにこのスリルがまたたまら
ないのである。意を決しまず僕が先に谷に飛び込んだ。思った以上に急だなと感じな
がら途中でバランスを崩す場面もあったが何とか無難に安全地帯まで滑り降りた。

さて次は友人の番だ。彼もスキーはかなりの腕前であったので安心していた。だが彼
は登りで足がフラフラになってしまっていた。滑り始めたと思った瞬間踏ん張りが効
かずスキーが外れ彼は頭から転倒してしまった。下で待つ僕は彼が真っ逆さまに上か
ら滑り落ちていくのをなすすべもなく見送るしかなかった。そのまま堅い雪渓を落ち
ていけば止まるはずもなく下で岩場に激突する以外なかった。

まずい,助からない。とその時瞬間的に思った。頭から滑り落ちた彼はそのまま滑り
落ちて何と雪渓に開いたわずかなクレバスの隙間に運良く落ちて止まった。急いで僕
は彼の元に駆けつけ,クレバスを覗き込んで彼の名を叫んだ。オー

彼の声が返ってきて生きているのは理解できた。安堵で胸をなで下ろし大丈夫かと声
を掛けた。彼は足が痛くて立てないと言った。何とか彼をクレバスから引き出し岩場
の上に寝かせて足を見ると無惨にも約15cmにわたって深くえぐれて既に骨が一部見え
ていた。

彼の足は滑落中に木々を引っかけて大きく傷ついていたのであった。彼は寒い寒いと
震えだし一刻も早く病院への搬送をしなければならない状況にあった。持ち合わせの
服を着せ患部を覆い取り敢えず救急処置をした後たまたま通りかかった登山者に県警
のヘリを呼びに下りていただけないかとお願いした。

彼は快く引き受けてくれ登山を中止して急いで下山してくれた。待つこと約1時間半
ヘリがようやく上空に姿を現した。助かった。ヘリから山岳救助隊が降りてきて彼を
引き上げてそのまま病院へ運んでくれた。滑落場所からわずか十数分でヘリは病院の
屋上に着き何とか事なきを得たがもし30分遅れていたら完全にガスがかかってしまっ
たためヘリでの救出は不可能だったろう。

彼の搬送を見届けた僕は彼のスキーと荷物を担いでそのまま急峻な谷を滑り降り病院
へ直行した。救急外来に到着すると彼の足には何重もの包帯が巻かれていた。幸い骨
には異常はなかった。が足の傷は深く更にいくつもの木が刺さっておりその後数回の
手術を経て彼は奇跡的にその数ヶ月後にほぼ完全復帰を果たした。

いまだにあの時の彼の滑落する姿が目に焼き付いている。運良くクレバスに落ちて止
まるという奇跡が彼を救った訳だが10回転倒しても1回助かればいいような状況であ
り,いまだに山は怖いと感じながらも性懲りもなく僕も彼も山スキーを続けている。

毛勝山南峰(滑走ルートと転落場所)

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