山と子ども

我が家では毎年夏休みになると根性合宿なるものを行うことが恒例となっていた。子
どもたちは小学校に入学すると好む,好まざるに関わらず全員この合宿に参加するこ
とが義務付けられていた。

それは食料をはじめ,テント,寝袋など生活用具一式をすべて全員で担いで北アルプ
スを縦走するという子どもたちにとっては過酷な合宿であった。僕を頭に小五の長男,
小三の次男,小一の三男と男四人で荷物を担いで歩くその姿はなかなかのものであっ
た。今の子どもたちは自宅にいれば何一つ不自由のない生活が送れる。好きなものは
何でも手に入るし水や太陽の有り難さも感じることはない。ファミコンやパソコンに
囲まれ自然とは疎遠な環境の中で生きている。

しかしながら山ではこうはいかない。すべて自由が利かない,原始的な世界に放り出
されることになる。水を手に入れることさえ時には困難になる。またつらくとも逃げ
場所は無い,自分の足で歩いて進まなければ誰も助けてはくれない。そんな不自由な
生活が子どもたちには新鮮に映ることを願っている訳なのだがなかなか親が思うほど
感動しているかどうかは分からない。しかしながらとにかく根性だけは付きそうであ
る。さすがに小学校1年生でこの合宿に最初に参加した時にはまず泣き泣き歩く羽目
になるのは間違いないがその翌年からの頼もしいこと,時として僕をおいて先に行っ
てしまうことも度々あるから子どもたちの成長ぶりには驚かされる。

ある年は槍穂高連峰の縦走を,またある年は栂海新道の縦走を3泊から4泊の日程で登
山を続ける。いわゆるあめとむち,子どもたちを連れて歩くのには美味しい褒美も必
要になる。北アルプスでは夏でも残雪が豊富に残るためこれを利用したかき氷は最高
のご馳走になる。毎年イチゴやメロンなどたっぷりのミツを持って山に出かけたもの
であった。やはり炎天下の夏にはこれしかないだろう。それから雪解け水を利用した
そうめんも最高のご馳走である。ばてて食欲のない時でも冷たいそうめんだけはどん
どん腹の中に入っていく。

ある夏子ども3人をつれ後立山連峰を白馬岳から祖母谷に下っている時尾根上でばっ
たりクマに出くわした。その距離わずかに10数メートル今でもクマのうなり声が忘れ
られない。子ども連れゆえ一人で逃げ出すわけにもいかず正直観念し,にらみ返して
やった。クマも子連れの僕の迫力に恐れ入ったか睨まれて草藪の中に退散した。あの
時はさすがに肝が冷やされた。

数々の子連れ山行の中でも最も厳しいものは馬場島から剣岳を日帰りした山行だろう。
当時長男は小五,次男は小三,三男は小一だった。早月尾根は北アルプスでも最も標
高差がある尾根として登山者には恐れられている。標高差は2200m,朝3時過ぎに馬場
島を立ちこの尾根を4人で日帰りした。だめ元で途中で引き返せば良いと挑戦したも
のの全員驚くような早さで日帰りしてしまった。特に小学校1年生の三男が完登した
姿に改めて子どもの潜在能力の高さに驚かされた。最近では高校生になった長男を連
れて冬山に行くこともたまにはある。

非日常的な世界で自分を試す登山と言う行為は少しは子どもたちの今後の人生の役に
立つだろうと少しばかりの期待を持っている。

清水平(後立山にて)

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