笠が岳冬期五の沢滑降

笠が岳(2898m)は百名山に名を連ねる岐阜の名峰である。そのずんぐりした笠
の風貌は北アルプスのどこからでもはっきりとそれとわかる。この山の頂に通じる道
は新穂高から2ルート開拓されておりいずれのルートも標高差はアップダウンも含め
ると約2000mにもおよぶためかなりの健脚者が挑んでも夏場に日帰りすることは
かなり厳しい。まして冬季の笠が岳を日帰りするとなると夏道は使えず道無き道をラッ
セルして行かなければならないため通常最低でも3泊は要してしまう。

この厳しい山をスキーを利用して冬季に日帰りできないかと以前から考えていた。加
えて下山時に山頂から直に新穂高へと落ち込む五の沢と呼ばれる急峻な沢を滑れない
かと考えていた。とてもじゃないが単独でこのプランを実行する度胸はなかったが最
強のパートナーの深澤君と組めばこの馬鹿げたプランも成功するのではないかと考え
た。

このプランの最大の驚異は雪崩である。五の沢および本流の穴毛谷は冬季雪崩の巣で
ある。数年前にも日本でも過去最大級の雪崩が発生してふもとで堰堤工事していた作
業員が数名亡くなっている。もちろん一か八かという賭をする気はなくもし雪の状態
が悪くて雪崩れそうならばもちろんこの計画は中止として来たとおりの安全なルート
で引き返す予定であった。

今年の3月10日ついに決行の日が来た。前夜新穂高に入山して数時間の仮眠の後真っ
暗な新穂高をいつも以上に気合いを入れて朝2時半スタートした。長い林道を耐えて
進み樹林帯に入ると厳しいラッセルが待ち受けていた。この試練に耐えながら高度を
上げ稜線を目指す。稜線手前で雪庇に行く手を阻まれたが、これを崩して稜線に這い
上がった。稜線から山頂まではラッセルとカチカチのアイスバーンの連続だった。一
度アイスバーンで滑った僕たちは谷へと滑落した。何とか吹きだまりで止まることが
でき九死に一生を得た僕たちは再び山頂へと進み、11時42分予定通り午前中には
笠山頂に到達した。この日雪の状態は良く、未だ雪崩が起きる状態ではなかった。た
だし午後になり気温が上がればどこから雪崩れてもおかしくない。

僕たちは意を決して山頂から五の沢経由で新穂高に下ることにした。五の沢は噂以上
に急峻で最大斜度60度、核心部では下はまるで見えないほど落ち込んでいた。両側
とも絶壁に囲まれたこの沢をジャンプターンの連続で僕たちは落ちていった。自分の
シュプールで発生する誘発雪崩れに気をつけながら互いに監視しあって落ちていく。
予想通り気温が高くなって谷には雪崩の発生を知らせるすざまじい音も鳴り響くよう
になった。まずい急いで下らねば、僕たちは休むことなく一気に新穂へ向かって下り
降りていく、2度ばかり雪崩が目前まで迫る場面があったが何とか回避することがで
きた。

直滑降で穴毛谷を下っていくとようやく林道が見えてきた。あそこまで行けばようや
く安全地帯である。僕たちは脇目もふらずスキーを走らせた。午後2時半ようやく新
穂高の町に無事到着した。厳しくも怖い体験であった。もう2度と五の沢に入ること
はないであろう。僕たちは互いの顔を見合わせながら生きて無事帰れたことを讃え合っ
た。

五の沢核心部を滑る筆者

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