FILE6 ナニワズ Daphne pseudo-mezereum A. Gray  subsp. jezoensis (Maxim.) Hamaya
          (Thymelaeaceae ジンチョウゲ科

図1 雌株の全形 2001年3月20日(七尾市)

図2 雄株の全形 2001年3月20日(七尾市)

 ジンチョウゲ科の高さ60cmくらいの小木で、福井県・福島県以北に分布します。南限に近い石川県では、珍しい植物の一つです。(分布が石川県以北となっている文献もありますが、それは間違いです。稀ではありますが、福井県にも分布します。)
 長年、野生の実物にお目にかかりたいと思っていたところ、2001年に突然、能登で2カ所の自生地を見つけ興奮しました。念ずれば花開くということでしょうか。
 じつは七尾市に我が家のささやかな山林(あまり手入れがなされていません)があるのですが、能登で見つけた自生地の一つがここだったのです。数十株の群生があるので一部を自宅に移植して観察しております。なお、2002年、自宅からわずか30分の手取川畔でも大量の自生地を発見しました。


図3 雌花:2002年2月24日 (七尾市産)。花冠のように見えるのは萼。

図4 左 雄花(萼筒部が長い)、右 雌花(萼筒部が短い)
図5 雄花:雄しべの位置と雌しべの柱頭とが離れている。
(2002年2月25日鶴来町)。
図6 雌花:下の段の雄しべと雌しべの柱頭とが接近している。2001年3月10日 (七尾市産)。

図7 雄花の柱頭に付いた花粉。これによって果実ができるかどうかが次の課題だ。 図8 未だ花粉の付いていない雌花の柱頭

 雌雄異株といわれていますが、解剖してみますと図5・6で明らかなように上下2段に4個ずつ配列した計8個の雄しべの他に、立派な雌しべが見えます。このように両性備えながら、雌雄異株といわれるのは、実のなる木と実のならない木とがあるからなのです。
 雄花(図4左、図5)では、萼筒が長く、雄しべの葯の下(奥の方)に雌しべの柱頭がありますので、
昆虫がよほど奥まで入らないと受粉ができないように思えます。そういう構造から言えば、雄花には種子ができにくいと考えられます。しかし、図5・図7のように葯からこぼれた花粉が柱頭に付いている(昆虫が運んだ花粉かも知れません、確認はできていません。)のを観察できますので種子ができる可能性があります。何らかの不和合性によって種子ができない仕組みをもつことも十分考えられます。
 自宅に栽培している2本の雄株ではいまだに果実のできたのを見ていません。
 一方、雌花(図4右、図6)では、2段に配列している雄しべの下の段の位置に雌しべの柱頭がきています。自花受粉に適した構造になっています。しかし、雌花の葯は淡い色をしており、花粉をもっていません。
 母種のオニシバリについて、日本の野生植物 木本U 平凡社 には、「はっきりしない雌雄異株」という表現があります。
「見かけ上、花に2型があり、雌花型の雄しべは未発達だが、雄花型では雄しべも雌しべもしっかりしていて、一見雄花とは見えない」ということを述べているのだろうと思います。

 知人から、「庭にあるナニワズは1株だけなのによく果実ができる。雌雄同株ではないのか。」という話を聞きました。近所に未知のナニワズが植えてあり、昆虫が花粉を運んでくれば果実ができるので、あまり科学的な分析とは言えませんが、こういった疑問も解決したいと思いました。
 

図9 2003年2月23日 雌株の枝に袋掛け 図10 2003年6月22日 袋掛けした枝(黒く囲ってある)には果実ができなかった。

 上記の問題点を解決する一策として、2003年2月に雌株(図17)のいくつかの枝について開花前にビニール袋で袋掛けを行いました。6月22日に袋をはずしてみたところ、他の枝には果実ができていましたが、袋掛けした枝では果実ができていませんでした。疑問の一つは解消しました。
 「雌株は同花受精をしません。」
 来年は雄株に人工授粉を試みてみましょう。

 さて、2003年の観察中に、はっきりしない雌雄異株」に当たるもう一つの例を見つけました。

図11 左から雌花、中間花、雄花

図12 左から雌花、中間花、雄花の縦断面

図13 雌花の葯 図14 中間花の葯 図15 雄花の葯

 明らかに大量の花粉を作る(図15)雄花と、花粉を作らない雌花(図13)の他に、少量の花粉を作る(図14)「中間花」とでも呼べるような花を見ました。萼筒の長さも中間的です。図12の縦断面図では、雄花の特徴を示しています。

図16 葉の形は様々だ。スケールはmm。

図17 目にも鮮やかな果実(この株には少なくとも85個の果実が数えられた)2002年6月3日

図18 核と果実単位はmm) 図19 枯れかけた葉も見える(2002年6月5日)

 2002年6月はじめ、真っ赤な果実が実った。この鮮やかな「赤」は、ビックリグミの色に近い。見るたびに清々しくなる。
  多汁質の果実で、とてもおいしそうに見える。試しに口に含んでみた。 はじめは少し甘みもあるがほとんど無味、しかし間もなく奥の方から、何とも表現できない苦みのような味が出てきた。何時間も嫌な味が口の中に残った。食べない方が賢明なようです。
 なお、ナニワズは核果ですから、果実の中から出てきた、図18の左の種子のように見えるものは「核」です。モモやウメの核を思い起こして下さい。この核の中に種子が入っています。核果のことにつきましては、「クサギ」のFILEをご覧下さい。
 この株は大きく、少なくとも85個の果実を数えることができた  この頃すでに図19のように黄色く枯れかけた葉がある。間もなくすべての葉が枯れて、「夏坊主」になるのです。 

図20 2002年7月6日 完全に葉を落として「夏坊主」となっている。 図21 2002年8月29日 もう芽を吹き出した。

 学名は Daphne pseudo-mezereum A. Gray 
   subsp. jezoensis (Maxim.)Hamaya です。
 学名の前半はナニワズの母種に当たるオニシバリ(ナツボウズ)の学名で、後半は subsp.(亜種)であるナニワズを示す部分です。
 Daphne はジンチョウゲ属ですが、ギリシャ神話に登場するニンフ(妖精)のダプネに由来します。ダプネはアポロンのしつこい求愛から逃れるためにゲッケイジュ(月桂樹)に姿を変えました。ジンチョウゲ属の植物の葉が月桂樹の葉に似ていることからこの名が付いています。種小名の pseud は「偽の」という意味で、mezereum は、ヨーロッパに産する Daphne mezereum という紅紫色の花を咲かせる植物、これに似ているところから付いたものでしょう。 jezoensis は「蝦夷の」という意味で、母種のオニシバリが福島県以西・四国・九州に分布するのに対し、北海道・福井県以北といった北方に分布するところから付いたものでしょう。
 なお、母種のオニシバリは、この植物の繊維が丈夫で、鬼を縛ることもできると言うところから付いています。この科には、和紙の原料であるミツマタやガンピが含まれています。親戚筋に似て、さすがに靱皮繊維(じんぴせんい)は丈夫で、素手で枝を折り取ることはできませんでした。
 また、ナツボウズは、夏に落葉して幹だけになってしまうところから付いた名です。

 和名の「ナニワズ」の由来ははっきりしないようです。 分布域は福井県、福島県以北ですから、「難波」とは関係なさそうです。 オニシバリに対する長野県の方言、とする説もあるようですが、私は、「植物和名の語源 深津正 八坂書房」の解釈が好きです。 ナニワズという「音」を聞いたときに、「難波津」がイメージされるのは、「難波津に咲くや此の花冬ごもり 今を春べと咲くや此の花」という歌が有名だからなのです。この歌は、その昔、手習いの初歩の手本に用いられたため、古くから人々に知られていました(此の花は梅の花だというのが定説です)。 雪深い北国の人が、長い冬ごもりから解放され、残り雪の合間から鮮やかな黄金色に咲き出したこの植物の花を見たとき、思わず、「難波津に」の歌が頭に浮かぶのではないか、そうして、いつしか「難波津」がこの植物の呼び名になったのではないか、というものです。
 

文献
福井県植物研究会.
1999. 福井県植物図鑑 3 福井の樹木:60. 福井県植物研究会.
濱谷稔夫.
1989. 日本の野生植物 木本U ジンチョウゲ科:77. 平凡社.
深津 正. 1989. 植物和名の語源:106〜107. 八坂書房.


花模様