『明日のヒロイン』

 





 典雅な音楽。普段の体育館からは想像もつかないような豪華な内装。
(カーペット敷き詰めて、テーブル運び込んで、ご丁寧にシャンデリアまで吊るして……)
 まあ、俺の恰好も普段の俺を知っている人間が見たならば似合わないと大笑いしてくれること間違いなしな恰好だから、体育館の事をあまり大っぴらに言えた義理はないのだけれど。
(正装っていうのかな? 初めて着たよ。こんな窮屈だとは思わなかった)
 黒のタキシードに赤のリボンタイ。
 着慣れているひとが着れば様になる恰好なのだろうけれど、俺は着ている当人からして全く自信がない。
「お、相沢。お前も来てたのか?」
「……?」
 聞き覚えのある声。
(そういえば、朝っからゴミ袋みたいなのをぶら下げて来てた奴がいたな)
 クラスメートに約一名。俺は声のした方に振り返って、声を飲み込んだ。
「来るなら来るって言ってくれりゃ良かったのに」
「あ、お……北川か?」
「ん? なんだよ?」
「へぇ〜! お前ってスーツとか似合う奴なんだなっ」
 びしっと決まった濃紺のスーツ姿。いつもと違う印象の北川に俺はついつい賛嘆の言葉を向けていた。
「なぁに言ってんだよ……さんきゅ。相沢も……まあ、似合ってるぜ」
 妙に空く間と北川の口許に浮かぶ苦笑。全くもって世辞の下手な奴だ。つられて俺も苦笑する。
「……正直だな。俺、こういうの初めてだからな」
「そっか。でも、せっかく来たんだから楽しんでいこうな」
「ああ」
「じゃなっ」
 なんだか妙に場慣れした雰囲気を残して、北川は歩いていった。
(意外な一面かも知れない……)
 普段から、あまり目立つ方じゃない北川がこういう場に実は慣れていて、行動的だというのは新たな発見かも知れない。
(今朝だって、イベントに参加するって聞いて俺も名雪も香里も、かなり驚いたもんなぁ)
 今、俺がいる場所は学園主催の舞踏会の会場。
 年一回の大イベント。夜通し行われるヨーロッパナイズなイベント。
 参加者は正装を義務付けられ、紳士淑女たる態度を求められるが、学校の施設を使って公然と一晩中友人達、あるいは恋人と時間を過ごすことの出来るイベントである。学生達にとってこんな都合のいい話はない。
「お待たせしました〜っ。祐一さん♪」
「……」
 学生のとってこれ以上都合のいい話はないと言ったけれども、俺も普通に考えたらこういう場には出てこない人間だ。
 引っ越してきて間もないし、目立つことも好きじゃない。舞踏なんてものに興味があるわけでもなければ、正装も窮屈だと思う。
「わぁ……!」
「あ、あははーっ! ど、どうですか?」
「……」
 でも、そんなものにこだわってるのが馬鹿らしくなるぐらいに、俺をここに惹き付けるものが確かにあった。
 イベント自体ではなく、そこにある、俺にとって大切なものが。
「良く似合ってる。佐祐理さん」
「あ、ありがとうございます。よかったです。そう言って貰えて。祐一さんも素敵ですよ」
「……へへ。でも、これって窮屈かも」
 サラサラと流れる長めの髪。彩るライトグリーンのチェックのリボン。
 魅力的な笑顔。可愛らしい口許。
 着ているドレスはシンプルだけど、映えるカラーは鮮やかでとてもとても綺麗。
 倉田佐祐理。佐祐理さん。ひとつ上の先輩。優しくて、魅力的で、いつも微笑みを絶やさない、俺の憧れのひと。
「……祐一。感想」
「ああ……綺麗だぞ。見違えた。ホントに」
「……ありがと」
 普段と違うリボン。ドレスと合わせた色にして、いつもと同じポニーテール。
 吸い込まれそうな黒い髪の色にピンクのアクセントはとても不思議な取り合わせだった。
 普段から殆ど動かない表情。今日はどこか笑っているように見えた。
 少し大胆に胸の辺りがカットされたドレス。背の高い彼女が着ればそれも様になる。
 川澄舞。舞。なにも語らず、不器用。だけど一生懸命で、自分以外のひとのことを真剣に考えられるひと。俺の目指す目標となるひと。
「それじゃ、行きましょうか?」
「……」
「あ」  
 ふと気付く。男の俺としては女性をエスコートしなくてはならない。こういう場所に疎い俺でも、そのぐらいのことは知識として持っているのだ。
 だが、俺は一人しかいなくて、俺がエスコートしたい人は二人いたりする。
(困った……) 
「それじゃ、佐祐理は先に行ってますね?」
「え?」
 俺は佐祐理さんを思わずまじまじと見てしまった。
「祐一さん、舞をちゃんと会場まで連れていってあげて下さいね? そういう約束だったんでしょう」
「……」
 胸の前で手を合わせて、佐祐理さんは笑顔で明るくそんなことを言う。確かに思い返すと、しばらく前にそんなことを言ったような気もするけど……
「舞、喋ったのか?」
「……いけなかった?」
「そうじゃないけど……」
 先程も言っていた通り、俺はこういう場での行動は殆ど初めてなのだ。まともに舞をエスコートしていける自信はハッキリ言ってない。
(まいったな……) 
 どうしようもなくなったら、こういう事に長けていそうな佐祐理さんに助けてもらおうと考えていたのが実のところだ。
「祐一さんなら大丈夫ですよ。佐祐理は信じてます」
 そんな風に満面の笑みで断言されても、当人には全く自信がないんですけど!
「中ですぐに会えますよ。舞、エスコートして貰うのは譲るから、先に祐一さんと踊るのは佐祐理にさせてね?」
「……ずるい」
「あはは。でも、たまにはいいよね? 祐一さんと舞はいつも二人で佐祐理に黙ってなにかやってるんだもん」
「……」
 舞が目をパチパチさせる。俺も一瞬なんのことだかわからなかったが、すぐに気が付く。
「さ、佐祐理さんっ! 誤解を招くような言い方は止めて下さいっ」
「あははーっ。それではーっ!」
 聞いちゃいない。最後のアクションは明らかにわざとだろう。踵を返し、佐祐理さんは一足先に会場の方に歩いていった。
(自然体、なんだよな〜)
 とても楽しそうだった。いや、きっと事実楽しいのだろうと思う。
(無理してるって感じじゃなくて、佐祐理さんは舞と一緒にいる時が自然でいられる時なのかな?)
 そこに俺が入り込むことを二人は結果として受け入れてくれたけれど、どうだったのだろう? 俺は、二人が一番自然でいられる空間をなくしてはいないだろうか?
「……祐一」
 歩いていく佐祐理さんの後ろ姿を見ながら、俺はほんの少しだけそんな感慨に捕らわれた。  

 ぼかっ!

「痛いぞ。舞」
「……」
 少しぐらい物思いに耽る時間をくれたところで罰は当たらないと思うぞ。それだけ綺麗に着飾ってるってのにチョップはないだろ。チョップは。
「……佐祐理にばっかり見惚れて」
「は?」
 い、今のは俺の聞き違いか?
「……」
「……」
「なんでもない」
 ぼそっと言った舞はそのまま俯いてしまった。俺はあまりのことに一瞬何が起こったのか把握できなかった。
(ホントに舞が言ったのか? 今の一言はっ!)
 頭の中に広がっていく、舞がぽそっとこぼした言葉のその意味。
 舞の反応はもの凄く新鮮だった。今まではそんなことを言ってみせたことはなかったのだから。
(ちょっと吃驚かな。でも__)
「悪かったよ……。ええっと__お待たせしました。さあ、参りましょうか?」
 思い付いた限りやってみたちょっと大仰な動作。芝居じみた口調。思いっきり気取って舞の前に手を差し伸べる。もちろん、こんなもの俺のガラじゃないし、やるつもりもなかった。
(これは、大袈裟って言うレベルじゃなかったかも……)
 ……大失策をしてしまったやもしれない。
 だが、エスコートすべき女性に恥を掻かせた以上、俺としてはこれ以上は礼を欠くわけにはいかなかった。
「あ__」
 この時点で、舞は明らかに驚いた様子だった。
 確かに、普段からの俺を見慣れている人間が見たら大笑いするか、舞のようにどうしたらいいのか判断に困るかどちらかであろう。
 けれど__。
「はい……。お願いします」
 舞はちゃんと俺の意を汲んで、そのピンク色の手袋に包まれた手を預けてくれた。
 表情に微かながらの笑みさえ浮かべて……。

 

Kazan Shinjow
Presents
明日のヒロイン
〜倉田 佐祐理&川澄 舞〜

(C)Key / Visual Art's
『Kanon』より

 

 会場へと舞をエスコートして入った瞬間が偶然、音楽演奏の切れ目だった。
「……!」
「どうぞ、こちらへ」
 平静を装ってそんなことを言ってはみるものの、この一瞬はかなり緊張した。タイミングが良すぎたが故に、会場中の好奇の視線が俺と舞の方に向けられていたのだ。
(うわーっ! なんて付いてないタイミングで入ってしまったんだーっ)
 心臓に悪い。俺はこういう舞台に慣れた人間じゃないんだぞっ!
「……ありがとうございます」
 舞はいつも通りマイペースで。それが俺の気持ちを変に落ち着かせてくれたわけで。
(助かったぁ)
 会場の中へと二人は歩き出す。音楽演奏が再開される。舞という新しい存在がここにあるということを今の一瞬で誰かに認識させて。

「お疲れさまでしたーっ」
 耳に優しいその聞き慣れた声が聞こえた時、安堵感のあまり俺はその声の主に抱きつきたくなった。
「佐祐理さん〜っ! 会いたかったよぉーっ!!」
「はぇ〜っ? 祐一さん?」

 ぼかっ!

「……」
 痛ひ。もちろん、俺の後頭部を舞が強烈に突っ込んでくれたのである。
「大丈夫ですか?」
「……舞、目一杯叩いただろ?」
 片手にグラスを持ち、もう一方の手になにか食べ物と思しきものを刺してあった串のような物を持っている舞。
 そうして、口をもごもごと動かしている。
(一体、何で突っ込んだんだ?)
 ちょっと疑問に思ったが、とんでもない答えが返ってきそうな気がしたので、とりあえずは気にしないでおいた。
「……祐一、ひどい」
「……」
 舞が口にものを入れたまま喋ろうとしなくなったのは結構良い兆候のような気がした。
 だが、何がひどいと言っているのかは俺にはよくわからない。
(いきなりぶん殴るのも大概だと思うんだけどなぁ)
「ふぇーっ。舞、厳しいね……」
「……しばらくそこいらを歩いてくる」
「あ、おいっ!」
 普段と違う笑みが見えて、今日は機嫌でもいいのかとなんとなく思ってもみたのだが、そういうわけではなかったらしい。
 舞は俺の声には反応しないで、そのままスタスタと歩いていってしまう。
(……ああ、もうっ! わけがわからないぞっ)
 俺は思わず大きな溜息を吐いた。
「祐一さん」
 佐祐理さんがそばで笑っていてくれた。
「佐祐理と踊ってくれませんか?」

 静かで雰囲気のいい音楽。
 ここが舞踏会の会場であるということを今更ながら思い出す。曲が流れていることを知ってはいても、それを自覚しているのとそうでないのとではまるでその価値は違ってくる。
(俺は踊った事なんてないんだぞ?)
 こういう形式張った踊りなんて始めての経験だ。今までのダンス経験なんてのは遙か昔の運動会のフォークダンスが良いところだろう。
(あとはぜいぜい昔はやってたゲームぐらいなもんだもんな。でも、あれはダンスとは言わないか……)
「……祐一さん、踊りがお上手ですね」
「冗談! いつ失敗するか冷や汗ものだよ……っ」
 なんとか見様見真似でやっているのが現状! こんな風に軽口で不安を誤魔化しでもしなければやってられないぃっ。
 佐祐理さんのリードでなんとか見られる物になってるみたいだけれど、もう、金輪際ダンスなんてやりたくないかも……。
「あははっ。でも、最初ってみんなそんな物ですよ」
「俺に二度目はないかな。きっと」
「来年もありますよ?」
「佐祐理さんや舞がいないのに?」
「そうですねぇ……じゃあ、来年は佐祐理と舞は忍び込みますねっ」
(佐祐理さんが言うと冗談に聞こえないんだよな)
 多分、来年はホントに忍び込んいるに違いない。これは最早予想でなく確定された未来だろう……。
 小声で会話を交わしながら踊る。なんとか様になるように、佐祐理さんの足を踏んでしまわないように気をつけながら、ダンス、ダンス、ダンス!
「……祐一さん、舞にちゃんとつき合ってあげて下さいね?」
「え?」
 佐祐理さんが俺の顔を見上げて言った。
 真面目な表情。今までと同じ、穏やかで優しい笑顔だけれど、どこか違うのが俺にはわかった。
 ふたりとそれほど長くはないけれど、親しく隔てなくつき合っている俺にはわかってしまった。
「舞、祐一さんにエスコートされに来たんですよ? その為に色々覚えても来たみたいですし」
「!?」
 ふと気が付く。
 確かに。今日の舞はいつもの舞と違うところが色々とあったかも知れない……

『……祐一。感想』
『……佐祐理にばっかり見惚れて』
『はい……。お願いします』
『……祐一、ひどい』

 普段の舞なら言わないような台詞を連発していた。舞もこういう機会は初めてだと言ってはいたが、変に場慣れしているように感じたところもあった。
(……最っ低だな。俺は。自分の言ったことのひとつも守れないのか?)
 女性をエスコートしたなら、最後までその女性とお付き合いするのが礼儀というものだろう。
 しかも、今回は俺が舞をエスコートすると言って引っ張り出してきたのだ。 
(それなのに、俺が今している事といえば、佐祐理さんと普段以上に近い位置にいて……?)
 いきなり思い至る不純な思いつき! 俺ってばホントに最低!
「祐一さん?」
「あ」
 一曲終わったのだろう。音楽が止まっていた。
 俺は、佐祐理さんの手を握ったままだった。
「ご、ごめんっ」
「あは。気にしてないですよ」
 やっぱり佐祐理さんは笑っていた。とても、とても楽しそうに。
(とんでもないこと思いついてしまった直後だけに、気まずい〜)
「……俺、舞を探してくる」
「ええ。じゃ、佐祐理はその辺を歩いてますね?」
 顔が赤くなるのを隠すのも兼ねて、俺は舞を探しに体育館内を歩き始めた。


 舞はすぐに見つかった。体育館の出口の所に一人で佇んでいた。
「舞」
 以前こんな事があったか? その時のように逃げ出すようなことを舞はしなかった。
「……」
「ごめん」
「……」
「なんて言ったらいいのかその……」
「……最初からやり直し」
 舞は一言しか言わなかった。
 だけれども、一言だけで十分だった。

 再び、音楽の園へ。
「……祐一」
「なんだ?」
 先程はホントに佐祐理さんのリードが巧みだったんだなと思い知らされる。
 ぎこちなく足を運び、体を動かしていく。周囲の人間にぶつかりそうになること数回、舞の足を踏みそうになること十数回。
(やっぱ、来年はやりたくねぇなぁ……)
 それでも、直接接触と足を踏むということだけをしないで済んだのは先程の佐祐理さんの手ほどきが効いているのかも知れない。
「……来年もまた来たい」
「……」
「祐一と佐祐理と三人で、また……」
(俺も相当おめでたいよな……)
 今の今まで来年はイヤだとか思っていたのに。
「忍び込んで来いよ。これだけいれば見つからないだろ?」
 佐祐理さんも来るつもりでいるし、これで来年もこの恰好をすることは決定だな。
(最初は窮屈だったけど、ま、それほど苦痛じゃなくなってきてるんだよな)
 ホント、人間なんて現金なもので、俺も舞もこういう場所とは無縁だったはずなのに。
「……ありがと」
 舞は言った。
 そこに浮かんでいた表情はとても、とても晴れやかだった。

「楽しかったですねっ。また来年も来ましょうねーっ!」
 舞は傍らで佐祐理さんの言葉に肯いている。
 俺は、ふたりが三年であることを突っ込むという無駄なことはもうしなかった。
(いつだろうと、どこだろうと、関係ないって気はするけど!)
 舞踏会からの帰り道。夜ももう遅い。
 俺はふたりを少し前に見ながら、雪の道を歩いていた。
「ね。祐一さんっ」
「おう」
 とても穏やかで優しくて綺麗で魅力的。
 かくいう俺も常に魅了されているのかも知れない。
 けれど、俺は知っている。
 このひとが周囲の人のそれだけのものを与えられるようになるまでにどれだけの物を失くし、努力してきたのかを。
「舞と佐祐理さんと……邪魔でなければ俺も入れて……」
「祐一が邪魔なわけない」
 無愛想で不器用。ひとに何を思われていようと気にもしない。
 信念のまま行動する。ホントはとても優しくて、何かを大切に思っているのに、ひとにそれを見せることは決してしない。
 誤解されようと、自分がどうなろうと、現実に向き合い、すべき事を見出し、このひとも努力してきた。
「……ホントか? 俺、ふたりの邪魔になってないか」
「祐一さん?」
「……祐一」 
 ふたりが出会い、互いに惹かれ、そして、互いの存在が故に幸せになっている。
 ふたりと過ごすようになって、俺はそれを強く感じた。ふたりがいる空間は常に自然だったし、俺が入っていっても楽しいものだった。
 同時に、時として感じるのだ。
 俺はふたりにはこれ以上、近づけないのではないかと。

 ぼかっ!

「痛てっ!」

 ぼかっ! ぼかっ! ぼかっ!

「イタタタッ! 痛てっ! ちょ、ちょっと待てっ! 舞ッ!!」
 五発目のチョップはなんとか受け止めた。いきなり問答無用で殴ってくるなよっ!!
「……」
 舞の目が真剣味を帯びていた。
「……今度言ったら斬るから」
「ふぇっ!? 舞、カッコいい〜っ」
(ま、マジかよ……)
 佐祐理さんは冗談か何かだと思っているかも知れないが、これは実は嘘__基、洒落に__なってない。
 長くなるので詳しい所は端折るが、舞は一流の剣術家なのだ。
「……でも、祐一さん、舞の気持ち、佐祐理もわかります」
「……」
「祐一さんは佐祐理達にとって『居ても良いか』じゃなくて『居なくてはならない』なんですよ」
 俺はふたりみたいに何かをしているわけじゃない。
 何かをあげられているわけではないのに?
「だからもう二度と邪魔になってないかなんて言わないで下さいね? 佐祐理も怒りますよ」
 笑ってそう言う。説得力には著しく欠ける口調だったけれども、その意図は俺にもよくわかった。
「佐祐理も舞も祐一さんだから一緒にいてもらってるんですよ?」
「……」
 舞が肯いた。
「……ありがとう」
 俺はそうとだけ言った。それしか言えなかった。

 ふたりが俺と出会うよりもずっとずっと早くに出会って、共有してきた時間を俺が持てないことは少し悔しい。
 けれど、これから先の時間を舞と佐祐理さんのふたりと出会えた偶然という奇跡の先に創り続けることが出来ることを俺は有り難く思う。
「俺はふたりのこと、大好きだぞ」
「佐祐理も祐一さんのこと、大好きですよ」
「……」
 ふたりの傍ら、その肩を抱く。ふたりは、拒まなかった。
 ふたりの肩を抱きながら、目を閉じる。
(そっか。結局はそう言う事だったんだよな__) 
 俺は、この無限とも思える瞬間が得られた事に満足していた。

 

 

       了

 

 

 

 

 

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